キッコーマン(株)『キッコーマン株式会社八十年史』(2000.10)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和6年(1931) - 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 渋沢関係略年譜
10月23日 関西工場の落成式を行う
昭和7年(1932) - 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 渋沢関係略年譜
11月 「しょうゆ8(l)缶」を発売
昭和8年(1933) - 【竜門社】青淵先生の遺言により渋沢家から曖依村荘を受贈する。財団法人渋沢青淵翁記念会が東京・常盤橋公園に青淵先生の銅像を建てる。 渋沢関係略年譜
7月27日 「三蔵協定」が解消となる
8月22日 東京市場および近郊に当社単独で直配を実施する
- ※昭和6年に勃発した満州事変の影響を受け、この頃から、大豆原料として「脱脂加工大豆」が醤油原料に用いられるようになる
昭和9年(1934) - 【渋沢敬三】日本民族学会理事就任。 渋沢関係略年譜
1月11日 下関派出所を開設する
7月23日 大阪出張所を新築、完成する
昭和10年(1935) - 【渋沢敬三】日本女子大学評議員就任。 渋沢関係略年譜
9月26日 江戸川が氾濫し、第9、第12、第15(いずれも当時)工場などが浸水する
昭和11年(1936) - 【竜門社】第二次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。 渋沢関係略年譜
3月 ・「キッコーマン・ソース」を東京市内で試売
4月1日 京阪神地区に直配を実施する
7月1日 「野田醤油第一健康保険組合」は流山工場、関西工場を包含し、「野田醤油健康保険組合」と改称する
昭和12年(1937) - 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会が、小畑久五郎著“An Interpretation of the Life of Viscount Shibusawa”を刊行する。 渋沢関係略年譜
3月 ・「キッコーマン・白線ソース(業務用)」を発売
5月2日 「銚子醤油株式会社(現ヒゲタ醤油株式会社)」と提携が成立する
8月1日 西日本におけるヒゲタ印販売機構を当社の管理に移す
昭和13年(1938) - 【渋沢敬三】国民貯蓄奨励委員会委員。 渋沢関係略年譜
4月3日 創立20周年記念に、全国の特約店を招待する
8月6日 名古屋派出所を開設する
11月6日 御用醤油醸造所の地鎮祭を行う
昭和14年(1939) - 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会と共催で「青淵先生生誕百年記念祭」を挙行する。日本実業史博物館建設地鎮祭を挙行する。 渋沢関係略年譜
3月31日 御用醤油醸造所が完成する(落成式は11.23)
10月19日 紫雲寮の開所式を挙行する
12月30日 ヒゲタ印の地方販売機構を当社の管理に移し、継承する
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