大日本航空(株)『航空輸送の歩み : 昭和二十年迄』(1975.07)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和13年(1938) - 【渋沢敬三】国民貯蓄奨励委員会委員。 渋沢関係略年譜
4月 職員制服制帽規程制定 定期航空輸送事業
4月 国際航空のハインケルHE一一六型二機ベルリン―東京間空輸飛行に成功 定期航空輸送事業
4月 国家総動員法公布 内外情勢
5月 定款改正、会長制実施//取締役会長 大谷登氏//取締役社長 斎藤武夫氏 就任 定期航空輸送事業
5月 航研機、木更津―太田―平塚の三角コース一一、六五一キロを六十二時間二十二分四十九秒で翔破、世界周回新記録樹立 国内及び海外航空事情
5月 徐州攻略 内外情勢
6月 満洲航空株式会社、取締役社長に児玉常雄氏就任 定期航空輸送事業
6月 花蓮港発台北行定期便宜蘭飛行場附近で墜落、操縦士鎌田正祐殉職、旅客三上直男、渋谷平四郎、中川甚三郎、朝日重行の四氏死亡 定期航空輸送事業
6月 米子飛行場竣工 国内及び海外航空事情
6月 満洲飛行機製造株式会社設立 国内及び海外航空事情
7月 張鼓峯事件起こる (七~八月) 内外情勢
8月 台北―台中―台南―屏東―花蓮港―宜蘭―台北の所謂台湾島内循環定期航空の運航開始 定期航空輸送事業
8月 新購入のロックヒード一四WG3型機を使用、東京―新京急行便の東京―福岡間で一週三往復に増便する 定期航空輸送事業
8月 飛行館一階改装工事成り、営業部及び東京営業所こゝに移転する 定期航空輸送事業
8月 東京大森上空で会社練習機と日本飛行学校練習機と空中接触して墜落、練習生三名を含め死傷者百三十余名を出す 定期航空輸送事業
8月 女子機上サービス職員(エアガール)を採用、東京―福岡線、福岡―台北線の大型機に乗務、十月よりは大型機運航の全線に及ぶ 定期航空輸送事業
8月 アメリカよりの船着のダグラスDC―3型旅客機組立完了東京飛行場で公開 定期航空輸送事業
9月 上海支所、上海営業所設置 定期航空輸送事業
9月 清津支所、咸興出張所設置 定期航空輸送事業
9月 ミユンヘン会談 内外情勢
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