※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治21年(1888) | - | 【渋沢栄一】札幌麦酒会社創立・発起人総代(後に札幌麦酒株式会社取締役会長)。品川硝子会社設立、相談役。東京女学館開校・会計監督(後に館長)。兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)の新邸に転居。〔48歳〕【竜門社】出版条例の改正により『竜門雑誌』1号を改めて発行する。第1回秋季総集会を曖依村荘にて開催する。 | 渋沢関係略年譜 |
4月25日 | 市制・町村制を公布 | 一般・マスコミ | |
4月30日 | 黒田清隆内閣(~18--年) | 一般・マスコミ | |
7月10日 | 「東京朝日」創刊(「めさまし」を買収して改題) | 一般・マスコミ | |
8月7日 | 磐梯山噴火で初の報道写真。吉原秀雄撮影、中川昇製版。銅版画の助けを借りており、厳密には写真と言えないが、ともかく視覚化への第一歩 | 本社 | |
11月8日 | 連載小説に女流作家起用(藍屋よし女「夜の錦」) | 本社 | |
11月16日 | 「みやこ」創刊。「東京」の前身 | 一般・マスコミ | |
11月20日 | 「大阪毎日」創刊 | 一般・マスコミ | |
- | 伊藤博文内閣(~18--年) | 一般・マスコミ | |
明治22年(1889) | - | 【渋沢栄一】石川島造船所創立・委員(後に株式会社東京石川島造船所取締役会長)。門司築港会社創立・相談役。田川採炭株式会社創立・相談役。三重紡績株式会社相談役。北海道炭礦鉄道会社常議員〔49歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月1日 | 「郵便報知」が夕刊発行(年内で中止) | 一般・マスコミ | |
2月11日 | 帝国憲法全文を載せた号外を別配達 | 本社 | |
2月11日 | 帝国憲法を発布 | 一般・マスコミ | |
2月11日 | 陸羯南の「日本」創刊 | 一般・マスコミ | |
10月1日 | 中井喜太郎(錦城)入社し編集長となる | 本社 | |
10月18日 | 大隈重信外相、爆弾で片脚切断 | 一般・マスコミ | |
11月 | 饗庭篁村退社 | 本社 | |
12月7日 | 条約改正記事が「治安妨害」とされ、本紙初の発行停止を命じられる(~12.21) | 本社 | |
12月23日 | 坪内逍遥を文学主筆に。尾崎紅葉・幸田露伴が入社 | 本社 | |
12月24日 | 山県有朋内閣(~18--年) | 一般・マスコミ | |
12月31日 | 子安社長辞任 | 本社 | |
- | 黒田清隆内閣(~1889年) | 一般・マスコミ |