※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正9年(1920) | - | 【渋沢栄一】社団法人国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
12月29日 | 姫路製糸所々長理事片倉三平並に同所教婦吉岡喜代野を米国絹業展覧会に派遣せり | 片倉製糸紡績株式会社 | |
大正10年(1921) | - | 【渋沢栄一】ワシントン軍縮会議実況視察のため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 | 渋沢関係略年譜 |
1月18日 | 朝鮮満留嘉久合資会社へ出資の件決議す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
3月24日 | 大宮製糸所に御法川式繰糸機(六台)を試験的に据付け研究に着手す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
3月24日 | 長野県下伊那郡所在 飯田製糸所丸力工場を廃止す(六八釜) | 片倉製糸紡績株式会社 | |
3月24日 | 越智製糸株式会社所有に係る高知県長岡郡後免町所在、後免工場(一七六釜)の固定財産、営業権其他一切を価格金拾四万五千円にて買収し長岡製糸所と改称す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
6月15日 | 横浜市山下町一九八番地に横浜出張所を設置す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
6月15日 | 慰安所設置のため長野県上諏訪町に土地六百四拾四坪買入の件決議す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
10月31日 | 従業者退職給与金規程制定す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
11月3日 | 機関雑誌「糸の友」第一号発刊す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
大正11年(1922) | - | 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。アルメニア難民救済委員会委員長。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 高知市外鴨田村株式会社高知製糸所所有に係る製糸工場及徳島県麻植郡鴨島町所在鴨島分工場の固定財産、営業権、原料繭其他一切を価格金一、九七四、六三五円にて買収し高知製糸所(五〇八釜)及鴨島製糸所(二六〇釜)と改称す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
1月 | 大阪市西区京町堀上通り一丁目三八二番地に大阪出張所を開設す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
1月 | 大日本一代交配蚕種普及団を併合し一代交配蚕種普及団と改称す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
1月 | 宮崎県高鍋製糸所を賃借繰業す(一〇〇釜) | 片倉製糸紡績株式会社 | |
5月28日 | 長崎製糸株式会社諌早工場新築落成し事業を開始す(二四〇釜) | 片倉製糸紡績株式会社 | |
7月22日 | 社長片倉兼太郎は社員有賀文雄を随へ欧米視察の目的を以て渡航せり//監査役土橋源蔵欧米視察の目的を以て渡航す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
9月22日 | 新宅片倉俊太郎逝去す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
11月1日 | 社報第一号を発刊す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
11月3日 | 在京重役会に於て当会社に於ける記念日を四月一日と決定す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
11月5日 | 東京本社は建築中の新館に移転す | 片倉製糸紡績株式会社 | |
12月5日 | 当会社株式を東京株式取引所清算市場へ上場す(十一月二十六日農商務省認可) | 片倉製糸紡績株式会社 |