※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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昭和13年(1938) | - | 【渋沢敬三】国民貯蓄奨励委員会委員。 | 渋沢関係略年譜 |
8月 | 三原工場人絹設備の中、一、二〇〇錘を岩国工場に移転し二四、二二三錘となる | ||
8月 | 岩国工場移転工事四、二〇〇錘完成、四〇、五七〇錘となる | ||
9月5日 | 日本ステープル・ファイバー同業会は日本ステープル・ファイバー製造工業組合として改組さる | ||
9月6日 | 商工省は十月一日から輸出向と区別し、内地向人絹糸の配給統制を行うこととなる | ||
9月12日 | 岩国工場エンドレス・ス・フ製造設備完成す | ||
10月1日 | 人絹織物リンク制実施さる | ||
10月15日 | 工場総務部を廃止す | ||
10月 | ス・フ糸輸出価格低落の一途を辿る | ||
10月 | 人絹設備のうち岩国工場六、七〇〇錘を、三原工場二、〇〇〇錘を、第二帝人三原工場五、八〇〇錘を、ス・フ用に転換、岩国三三、八七〇錘、三原二二、二二三錘、第二三原二〇、一七七錘となる | ||
11月18日 | 日本ステープル・ファイバー製造工業組合理事会の決定に基き、ス・フ登録瓲数変更さる//六五.四八〇瓲が六一.二〇〇瓲(岩国工場四一.二〇〇瓲、三原工場二〇.〇〇〇瓲)に、第二帝人三原工場三六.三〇〇瓲が三三.〇〇〇瓲となる | ||
11月31日 | 人絹糸共同保管解除打切りとなる | ||
12月10日 | 輸出品の公定価格を廃止するため、ス・フ及びス・フ糸共限月による価格変更を廃止//ス・フはブライト物六拾円、ダル物七拾五円の一本建となる | ||
12月26日 | 定時株主総会において監査役横田義夫氏任期満了再選重任す | ||
12月28日 | 商工省は、人絹糸配給にも切符制を採用することに決定 | ||
12月 | 日本ス・フ製造工業組合はス・フ品質改善考究のため、ス・フ品質改善特別委員会を設置す | ||
昭和14年(1939) | - | 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会と共催で「青淵先生生誕百年記念祭」を挙行する。日本実業史博物館建設地鎮祭を挙行する。 | 渋沢関係略年譜 |
1月18日 | 商工省では、官民懇談会を開き、ス・フリンク制実施要綱を決定、十三年十月一日に遡及実施することとなる | ||
1月18日 | 繊維配給協議会創立され、二月以降、毎月の国内向生産計画並に配給量は当会にて決定することとなる | ||
1月23日 | 内地および円ブロック向人絹糸、ス・フ糸、配給に関する「糸配給統制規則」公布され、切符(割当票)制度となり、二月一日から実施さる | ||
1月 | 日本人絹聯合会では、第三国向と国内円ブロック向に区別し、生産割当を行うことに決定す | ||
2月1日 | ス・フ二月一日以降出荷品に自家検査表を添附することとなる |