※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治26年(1893) | - | 【渋沢栄一】喜賓会創立・幹事長。東京人造肥料株式会社取締役会長。株式会社東京石川島造船所取締役会長。王子製紙株式会社取締役会長。帝国ホテル株式会社取締役会長。 | 渋沢関係略年譜 |
11月29日 | 改正定款の認可を大阪府庁経由農商務大臣に申請 | ||
11月30日 | 支配人渋谷正十郎、社員呉泰寿の両氏棉花買入并に実況視察の為め上海に出張 | ||
12月21日 | 農商務大臣より改正定款認可//改正定款の認可に依り去十一月十九日臨時株主総会に於て当選したる役員就任、取締役の互選を以て阿部彦太郎氏頭取に選任 | ||
12月26日 | 愛知県知事時任為基氏より明治二十四年濃尾震災救恤に義捐の廉を以て大阪府庁を経て木盃一個を受く | ||
12月28日 | 大阪区裁判所に於て当社商業登記結了 | ||
明治27年(1894) | - | 【渋沢栄一】東京瓦斯株式会社取締役会長。東京海上保険株式会社取締役。北越鉄道株式会社創立発起人。札幌麦酒株式会社取締役会長。 | 渋沢関係略年譜 |
3月19日 | 明治二十五年府下西成郡九条村新道路開設の際其の線路に当る当社所有地寄付の廉に因り其筋より木盃三個を受く | ||
4月6日 | 濃尾震災に義捐の廉に因り愛知県知事時任為基氏より重ねて賞状及び木盃一個を受く | ||
4月24日 | 兵庫倉庫株式会社倉庫に寄託せし支那繰棉二百六十五個及び印度繰棉五十個火災に罹りし処該貨物の関係保険会社の中明治火災保険株式会社より共の保険金を受領 | ||
6月12日 | 前項罹災貨物の保険に付日本火災保険及び大阪保険の両社は保険金支払に応ぜざりし処藤田伝三郎氏の仲裁に依り日本火災保険株式会社負担の保険金を受領 | ||
6月30日 | 前項罹災貨物の保険に付大阪保険株式会社は尚藤田氏の調停を容れざりしを以て遂に同社に対し保険金請求訴訟を大阪地方裁判所に提起 | ||
7月1日 | 綿糸輸出税撤廃 | ||
7月10日 | 石川県金沢市に開設の第五回関西府県聯合共進会に審査員として社員加藤松兵衛氏出張 | ||
8月1日 | 清国に宣戦布告(七月二十五日豊島沖海戦) | ||
10月26日 | 商議係渋谷庄三郎氏逝去 | ||
11月27日 | 大日本綿糸紡績同業聯合会孟買回漕事務所に関する件を当社より孟買タタ商会に委任//社員斎藤与七、仲忠太郎両氏戦時に拘らす商業視察の為め上海に出張 | ||
明治28年(1895) | - | 【渋沢栄一】東京統計協会終身会員。北越鉄道株式会社創業総会・監査役(後に相談役)。〔55歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月17日 | 下関条約成立、五月十三日批准公布 | ||
4月23日 | 露独仏の三国日清媾和条約に干渉 | ||
5月10日 | 遼東還附の大詔渙発 | ||
7月17日 | 棉繰工場主任渋谷亀之助氏名古屋出張店主任に、中野陸太郎氏棉繰工場主任に転任 | ||
7月18日 | 西成郡私立物産品評会に寄付の廉に因り大阪府知事山田信道氏より木盃一個を受く |