(株)新潟鉄工所『新潟鉄工所四十年史』(1934.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和5年(1930) - 【渋沢栄一】明治神宮外苑聖徳記念絵画館に壁画献納。財団法人楽翁公遺徳顕彰会会長。〔90歳〕 渋沢関係略年譜
12月9日 新潟市山ノ下工場構内に新築中の発勤機工場三百七十五坪落成作業を開始す。 会社記事
昭和6年(1931) - 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。11月11日永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 渋沢関係略年譜
6月30日 土崎出張所を閉鎖す。 会社記事
7月11日 台北出張員を台北市東門町百十三番地に置く。 会社記事
8月18日 新潟工場に於て同県註文自走鋼製喞筒式浚渫船万代丸進水す。同船は其主機補機共に当社製ディーゼル機関を据付く。 会社記事
8月 長岡市主催上越線全通記念博覧会に三十三馬力ディーゼル機関、五十馬力重油発動機、ユニバーサル・グラインダー等を出品す。 会社記事
9月1日 鉄道省上越線全通。 社会記事
9月18日 満鉄柳条溝鉄路爆破問題にて満洲事変突発す。 社会記事
10月18日 上海排日暴動化す。 社会記事
10月24日 国際聯盟に於て十一月十六日を期限とする満洲撤兵完了勧告決議案十三対一にて可決す。 社会記事
11月1日 入営者職業保障法実施。 社会記事
12月15日 金輸出禁止。 社会記事
12月26日 柏崎分工場、長岡分工場を夫々柏崎及長岡工場と改称す。同日本社に営業部、調査部を、蒲田工場に工作、鋳造、設計及経理の四部を、新潟工場に造船、造機、営業の三部を置く。尚各所主任の名称を廃し、夫々各部部長、柏崎長岡各工場長、各出張所所長に任命す。 会社記事
昭和7年(1932) - 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 渋沢関係略年譜
1月8日 桜田門外不敬事件突発。 社会記事
1月28日 上海排日形勢悪化し、我陸戦隊支那街占拠。 社会記事
2月1日 上海へ陸軍派遣決定す。 社会記事
2月28日 笹村社長満鮮視察の為東京出発、三月十四日帰京す。 会社記事
3月1日 満洲国成立、溥儀氏執政に就任し、大同元年と称す。 社会記事
3月 東京市に開催の帝国発明協会主催第四回発明博覧会にV型高速百馬力ディーゼル機関及陸用四サイクル式五十馬力ディーゼル機関を出品し、有功章を受く。 会社記事
4月28日 賀陽宮恒憲王殿下蒲田工場に台臨あらせらる 会社記事
4月 金沢市に開催の産業と観光の大博覧会に二サイクル、エーアレス式二十五馬力ディーゼル機関及五十馬力無注水式重油発動機を出品す。 会社記事
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