(株)新潟鉄工所『新潟鉄工所四十年史』(1934.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和4年(1929) - 【渋沢栄一】アメリカン・ソサエティ・オブ・メカニカル・エンジニア名誉会員。中央盲人福祉協会創立・会長。〔89歳〕 渋沢関係略年譜
2月1日 海軍機関大佐松村貞雄氏を顧問に招聘す。 会社記事
4月 本社所在地有楽町一丁目一番地は丸ノ内三丁目二番地と町名番地変更せらる。 会社記事
6月24日 定時株主総会に於て監査役中野忠太郎氏辞任に付其補欠として中野孝次氏当選就任す。同日取締役互選を以て笹村吉郎氏取締役社長に、長島吉次郎氏専務取締役に就任す。 会社記事
9月 朝鮮総督府主催朝鮮博覧会に陸用百三十馬力ディーゼル機関を出品す。 会社記事
10月2日 伊勢神宮遷宮式挙行せらる。 社会記事
10月20日 新潟工場内工作機械工場三百坪の新築竣功し作業を開始す。 会社記事
10月 東京に於て万国工業会議及動力会議開催。 社会記事
11月1日 柏崎分工場新築事務所及工場落成に付移転す。 会社記事
昭和5年(1930) - 【渋沢栄一】明治神宮外苑聖徳記念絵画館に壁画献納。財団法人楽翁公遺徳顕彰会会長。〔90歳〕 渋沢関係略年譜
1月13日 蒲田工場主任加藤重男氏を参事に任じ、工場長代理を命ず。 会社記事
2月17日 北樺太石油会社註文のタンク製作の為め私設保税工場を設置し五月十八日廃止す。 会社記事
3月26日 帝都復興祭。 社会記事
3月 東京に於て開会の日本産業協会及三笠保存会主催海と空の博覧会に舶用百馬力エーアレス・ディーゼル機関ユニバーサル・ターレット レースを出品、前者に対し名誉大賞牌を受く。 会社記事
5月24日 笹村社長は多年発動機の製作に従事し、殊にディーゼル機関を完成し、漁業発達に寄与せる廉により、大日本水産会総裁伏見宮博恭王殿下より表彰状を授けらる。 会社記事
5月 顧問池田正彦氏辞任。 会社記事
6月20日 新潟第三車輛工場八十一坪落成す。 会社記事
6月23日 定時株主総会に於て結城豊太郎氏監査役に就任、九月三十日日本興業銀行総裁に就任に付辞任。 会社記事
10月12日 本社を麹町区丸ノ内三丁目四番地(有楽館三階)に移転す。 会社記事
10月 倫敦に於ける軍縮会議、成立。 社会記事
11月14日 浜口首相東京駅にて狙撃せらる。 社会記事
11月26日 伊豆地方激震、被害甚大なり。 社会記事
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