※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正4年(1915) | - | 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ・太平洋万国博覧会視察のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 | 渋沢関係略年譜 |
7月 | 英国ジョサヤ ストーン社より灰とクリンカの除去装置の製作権を獲得 397[p] | 技術 | |
10月 | 三菱造船所及び神戸三菱造船所を夫々長崎造船所 神戸造船所と改称 262・276[p] | 労務工場 | |
- | 神戸造船所 三菱合資会社吉岡鉱山註文370KWフランシス水車製作 544[p] | 造機 | |
大正5年(1916) | - | 【渋沢栄一】海外植民学校顧問。日米関係委員会創立・常務委員。第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。理化学研究所創立委員長。喜寿記念として第一銀行が玉川清和園に記念館誠之堂建設。渋沢栄一述『論語と算盤』(東亜堂書房)刊行。〔76歳〕【竜門社】青淵先生の喜寿祝賀会開催し、記念品として林泰輔編『論語年譜』を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 瑞典ユングストロムアングチュルビン社より陸舶用蒸気タービンの製作権を獲得 397[p] | 技術 | |
7月 | 三菱合資会社々長岩崎久弥退任し 副社長岩崎小弥太第4代社長に就任 | 一般 | |
8月 | 職員中正員の役名を始めて定め 管事以下六等級とす 171[p] | 総務人事 | |
8月 | 英国エー アール ブラウン マックファーレン社よリロスショフィールド サーキュレータの製作権を獲得 397[p] | 技術 | |
9月 | 長崎造船所 実験場新設 374[p] | 技術 | |
- | 神戸造船所250馬力ディーゼル機関製作 533[p] | 造機 | |
- | 神戸造船所 陸用三木式ボイラ製作 523[p] | 造機 | |
- | 神戸造船所 ルノー空冷V型八気筒70馬力航空発動機の試作に着手 653[p] | 航空機 | |
大正6年(1917) | - | 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。飛鳥山邸(曖依村荘)に晩香廬落成、喜寿の祝いに合資会社清水組より贈られる。〔77歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 職工規則及び職工救済規則を制定 204・218[p] | 労務工場 | |
2月 | 長崎造船所 第5代所長に工藤祐定就任 | 労務工場 | |
2月 | 彦島造船所 第2代所長に孕石元照就任 | 労務工場 | |
3月10日 | 長崎兵器製作所設立 所長に竹村伴吾就任 284[p] | 労務工場 | |
3月 | 神戸造船所 第4代所長に三木正夫就任 | 労務工場 | |
3月 | 長崎造船所 海難救助事業を閉鎖 | 造船 | |
7月11日 | 天皇陛下皇太子の御時山陰地方御旅行の途次神戸造船所に御成 4[p] | 一般 | |
9月 | 使用人退職手当内規を制定 181[p] | 総務人事 | |
9月 | 英国ビッカース社より潜水艦用内燃機関の製作権を獲得 397[p] | 技術 |