(株)住友銀行『住友銀行三十年史』(1926.07)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治42年(1909) - 【渋沢栄一】古稀に際し多くの企業・団体の役員を辞任。渡米実業団を組織し団長として渡米。タフト大統領と会見。〔69歳〕【竜門社】組織を変更し、社則を改正。青淵先生の道徳経済合一説を広め実践する団体に性格を変える。 渋沢関係略年譜
1月5日 主管者任命 大隅行一に営業部副長を命ず
6月7日 主管者更迭 文書部長銀行副支配人伊沢良立解任、横浜支店支配人吉田真一に文書部長銀行副支配人を、営業部副長大隅行一に横浜支店支配人を、加賀覚次郎に営業部副長を命ず
10月5日 主管者更迭 通油町支店を設置し京都支店支配人仙田重邦に同店・道頓堀支店支配人今村幸男に京都支店・三上泰助に道頓堀支店の各支配人を命ず
11月1日 支店開業 通油町支店営業を開姶す
11月4日 臨時休業 公爵伊藤博文国葬執行につき弔意を表し臨時休業す
明治43年(1910) - 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 渋沢関係略年譜
3月30日 銀行支配人更迭 銀行支配人志立鉄次郎解任、中田錦吉に後任を命ず
5月20日 臨時休業 英国皇帝陛下エドワード第七世大喪につき弔意を表し臨時休業す
11月26日 主管者更迭 門司支店支配人上村喜平・中之島支店支配人岡田修・若松支店支配人山口亮五郎及兵庫支店支配人服部幸作解任、広島支店支配人村松豊吉に門司・園部保に広島・田中二郎に中之島・土井捨次郎に若松・長谷川信太郎に兵庫の各支店支配人を命ず
明治44年(1911) - 【渋沢栄一】日露協会評議員。維新史料編纂会委員。財団法人済生会設立、顧問・評議員。勲一等に叙され瑞宝章を授与される。〔71歳〕 渋沢関係略年譜
2月1日 支店業務一部停止解除 再び若松支店の貸出業務を開始す
6月22日 臨時休業 英国皇帝戴冠式御挙行につき奉祝の意を表し臨時休業す
8月25日 行主華族に列せらる 行主住友吉左衛門勲功により華族に列せられ男爵を授らる
10月2日 主管者更迭 広島支店支配人園部保解任、外山一郎に後任を命ず
明治45年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。帰一協会創立・幹事。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
2月19日 株式会社住友銀行成立 株式会社住友銀行の定款成る資本金を壱千五百万円として十五万株に分ち一株の金額を金百円とす株式全部を住友内部の発起人にて引受く株式会社住友銀行茲に成立す
2月22日 株式払込 当行株金の半額七百五拾万円の払込終了す
2月23日 創立総会 創立総会を開き、住友吉左衛門・鈴木馬左也・中田錦吉及湯川寛吉を取締役に伊庭貞剛及久保無二雄を監査役に選任し、取締役互選の結果住友吉左衛門取締役社長に中田錦吉常務取締役に各当選就任す
3月10日 本店支配人任命 検査役銀行副支配人植野繁太郎・文書部長同吉田真一及営業部長同八代則彦に本店支配人を命ず(検査役及各部長各如故)
3月19日 事務仮規定制定 株式会社住友銀行事務仮規定を制定す(四月一日より実施)
4月1日 株式会社住友銀行営業開始 株式会社住友銀行営業を開始す
4月30日 個人経営住友銀行事務結了 個人経営の住友銀行事務結了す
7月24日 行員在外研究 銀行事務研究のため大平賢作及国府精一に欧米へ留学を命ず
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