※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治28年(1895) | - | 【渋沢栄一】東京統計協会終身会員。北越鉄道株式会社創業総会・監査役(後に相談役)。〔55歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
10月7日 | 本社売炭部を売炭係と改め、札幌、小樽、室蘭派出所を各売炭所と改む | ||
12月13日 | 空知丸御用船を解除せらる | ||
明治29年(1896) | - | 【渋沢栄一】日本精糖株式会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により株式会社第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 | 渋沢関係略年譜 |
1月25日 | 計算期を暦年度に改む | ||
2月9日 | 定款第一条営業目的中に回漕業を追加す | ||
2月9日 | 監査役小山田信蔵辞任に付堀直樹新任す | ||
2月13日 | 胆振丸御用船を解除せらる | ||
3月3日 | 技術長の上に幹事を置き社内全般の業務を統理せしむ | ||
7月8日 | 臨時株主総会を開き社債の償還、事業拡張の為め資本金を千二百万円に増加の件を決議す | ||
7月8日 | 監査役植村澄三郎辞任及一名増員に付小山田信蔵、白根勝二郎新任す | ||
明治30年(1897) | - | 【渋沢栄一】澁澤倉庫部開業、営業主(後に澁澤倉庫株式会社発起人)。日本女子大学校創立委員会計監督(後に校長)。十勝開墾合資会社業務担当社員。広島水力電気株式会社創立、取締役会長。渋沢家洲崎養魚場開設。 〔57歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月7日 | 政府補給利子命令の廃止並に鉄道営業補助金下付其他の件北海道庁長官より通達あり | ||
6月1日 | 本社に倉庫係を置く | ||
7月1日 | 室蘭・輪西間鉄道延長工事竣成し営業を開始す | ||
8月15日 | 取締役に雨宮敬次郎、渡辺甚吉新任す | ||
8月23日 | 社長西村捨三専務取締役辞任に付北海道庁長官の認可を受け高島嘉右衛門就任す | ||
明治31年(1898) | - | 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)。〔58歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月5日 | 夕張第一斜坑瓦斯爆発す | ||
7月16日 | 官設鉄道上川線運輸営業開始に付砂川・空知太間鉄道線路使用の件道庁鉄道部と契約を締結す | ||
9月7日 | 北海道未曾有の洪水の為め鉄道に甚大なる被害あり | ||
9月17日 | 本社に課制を復活し、炭礦、鉄道、経理、工場の四課とし、東京出張所は重役付、売炭、船舶、会計の四係となす | ||
12月1日 | 官設鉄道各駅と当社鉄道との間に連帯輸送を開始す | ||
明治32年(1899) | - | 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より株式会社北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員。飛鳥山邸(曖依村荘)に茶室・無心庵竣工。 〔59歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
2月12日 | 取締役に大島六郎、植村澄三郎、監査役に園田実徳、渡辺甚吉新任す |