(株)川崎造船所『川崎造船所四十年史』(2003.10)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和6年(1931) - 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 渋沢関係略年譜
1月 国際汽船株式会社註文ヂーゼル貨物船霧島丸(六、〇〇〇噸)進水ス
4月 製鈑工場ニ於テ特優鋼鈑ノ製造ヲ開始ス
6月19日 帝国大型潜水艦伊号第五進水ス
6月25日 鹿島房次郎、石井清、山本盛正、坂湛、川崎芳熊、目良恒、吉国彦二、渡辺十輔、小田切延寿、竹崎友吉、岩倉道倶、信濃栄三郎、山川麒一郎、柳川真栄ノ十四氏取締役ニ、此内鹿島房次郎、石井清、山本盛正ノ三氏ハ会社ノ代表取締役ニ、武文彦氏監査役ニ就任ス
6月 職工三千名ヲ解雇ス
7月11日 取締役工学博士坂湛氏逝去ス
7月20日 神戸区裁判所ヘ和議開始ノ申立ヲナス
7月 所員百八十一名ヲ解傭ス
9月18日 満洲事変勃発ス
12月13日 金輸出再禁止発令サル
昭和7年(1932) - 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 渋沢関係略年譜
1月 上海事変勃発ス
2月18日 満洲国独立ヲ宣言ス
5月 製鈑工場ニ於テ電気鋼鈑並ニ其他ノ特殊鋼鈑ノ製造ヲ開始ス
7月21日 監査役谷村一太郎、小川栄太郎ノ両氏重任ス
7月29日 鹿島社長逝去ス
8月5日 臨時株主総会ヲ開キ整理案及和議条件承認ノ件、資本減少及減資手続終了後ニ於ケル資本増加並ニ優先株発行ノ件其他ヲ可決セリ
8月13日 曩ニ当社申立ニ係ル和議ハ神戸区裁判所ニ於テ受理スベキモノト認メラレ和議開始ノコトニ決定サル
10月28日 債権者集会ニ於テ満場一致和議条件ヲ可決シ即時裁判所ノ認可決定サル
11月21日 法定ノ抗告期間満了ニヨリ当社申請ノ和議ハ愈認可決定確定ス
11月28日 当社資本金九千万円也ヲ壱千八百万円也ニ減資ス
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