(株)にんべん『かつお節物語 : 日本の味から世界の味へ : かつお節を科学して二八〇年』(1979.08)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より株式会社北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員。飛鳥山邸(曖依村荘)に茶室・無心庵竣工。 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
- 東京―大阪間長距離電話開通 社会・経済・文化
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
2月4日 日露戦争開始、翌年九月五日日露講和条約調印 社会・経済・文化
6月 『東都日報』という新聞が「高津伊兵衛山師仕事に手を出しまさに破産せんとす」と根も葉もないことを書きたてたため、一六日、一円切手五四〇〇〇枚を現物に引換、翌日も数千人おしかけ日本橋通り交通ストップ。取付騒ぎは三日間読いた。この時のことが、明治三七年七月発行の『東京』第一四号五三頁に新聞の概要として載っている “にんべん”とかつお節の歴史
- 日露戦争の時、軍の鰹節御用命を一手に引受ける “にんべん”とかつお節の歴史
明治39年(1906) - 【渋沢栄一】大日本麦酒株式会社設立、取締役。南満州鉄道株式会社設立委員。京阪電気鉄道会社創立・創立委員長(後に相談役)。大日本製糖株式会社設立、相談役。名古屋電力株式会社創立・相談役。東海倉庫株式会社創立・相談役。明治製糖創立・相談役。〔66歳〕 渋沢関係略年譜
- 静岡県石油発動機船富士丸進水(動力付かつお漁船のはじまり) “にんべん”とかつお節の歴史
- 日露戦争後の景気沸騰 社会・経済・文化
明治40年(1907) - 【渋沢栄一】帝国劇場会社創立・取締役会長。品川白煉瓦株式会社相談役。日清汽船株式会社創立、取締役。日本皮革株式会社創立、相談役。合資会社沖商会有限責任社員・監査役。帝国製麻株式会社創立、相談役。東明火災海上保険株式会社創立、取締役。〔67歳〕 渋沢関係略年譜
4月4日 一〇代目死去四一歳(仁道宗鑑居士)。一一代目伊兵衛を襲名する(三八歳)、八代目五男で十代目弟の高津六平(のち初代社長)が後見人になる “にんべん”とかつお節の歴史
- 日露戦争後の恐慌、スト続発 社会・経済・文化
明治44年(1911) - 【渋沢栄一】日露協会評議員。維新史料編纂会委員。財団法人済生会設立、顧問・評議員。勲一等に叙され瑞宝章を授与される。〔71歳〕 渋沢関係略年譜
- 『日本橋記念誌』に江戸時代の“にんべん”の店舗写真が載る。『人事興紳録』によれば、多額納税者として有名な貴族院議員渡辺治右衛門の直接国税一一八四円に対し高津伊兵衛七三四〇円納税とある “にんべん”とかつお節の歴史
- 工場法施行 社会・経済・文化
大正7年(1918) - 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 渋沢関係略年譜
11月20日 法人組織として株式会社高津商店払込資本金一〇〇万円になり、初代社長に一一代目幼少のため八代目五男高津六平が就任 “にんべん”とかつお節の歴史
- 第一次大戦終結 社会・経済・文化
大正12年(1923) - 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 渋沢関係略年譜
- 関東大震災により、江戸時代の大火にも類焼せず、建築後二〇二年経た店舗が焼失 “にんべん”とかつお節の歴史
- 関東大震災(死者・不明一三万四千人、四〇万戸焼失) 社会・経済・文化
大正13年(1924) - 【渋沢栄一】財団法人日仏会館創立・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 渋沢関係略年譜
- 店舗新築する “にんべん”とかつお節の歴史
- 加藤高明内閣、能率増進一一項目を発表 社会・経済・文化
昭和2年(1927) - 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 渋沢関係略年譜
- 店舗増築する “にんべん”とかつお節の歴史
- 鈴木商店破綻 社会・経済・文化
昭和6年(1931) - 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。11月11日永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 渋沢関係略年譜
- [原資料は1931年、昭和7年]一一代目二八歳、中野で醤油業と銀行業をしていた浅田政吉娘倫子二三歳と結婚 “にんべん”とかつお節の歴史
- 官吏減俸を実施 社会・経済・文化
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