※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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昭和8年(1933) | - | 【竜門社】青淵先生の遺言により渋沢家から曖依村荘を受贈する。財団法人渋沢青淵翁記念会が東京・常盤橋公園に青淵先生の銅像を建てる。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 広島工場設備一〇錘増加し三、〇四〇錘となる | ||
5月1日 | 岩国工場第二次補充工事五、六〇〇錘完成、二一、二〇〇錘となる | ||
5月22日 | 第三回ダイヤ糸織物競技会を開催す | ||
5月31日 | 台湾銀行は当社株式拾万株を壱株百弐拾円替で生命保険会社並に綿糸商を中心とする買受団に売却す | ||
6月7日 | 印度政府は英国以外の綿糸布、人絹に対し七割五分の関税引上げ行う | ||
6月26日 | 定時株主総会において、資本金弐千壱百万円から参千六百万円に増額決定、取締役に永野護氏、監査役に河合良成氏当選就任す | ||
8月15日 | 増資新株壱株に付拾弐円五拾銭、総額参百七拾五万円払込完了す(払込済資本金弐千四百七拾五万円) | ||
9月15日 | 第三回社債償還残額百五拾万円償還完了す | ||
11月 | 広島工場設備二〇錘増加し、三、〇六〇錘となる | ||
12月26日 | 定時株主総会において取締役の改選を行い、佐藤法潤、内海静太郎、佐々木義彦の三氏辞任し左記七氏当選、代表取締役は高木復亨、永田与の両氏と決定す//取締役社長高木復亨 常務取締役永田与 取締役久村清太 同[取締役]秦逸三 同[取締役]岡崎旭 同[取締役]吉岡豊 同[取締役]東川義房 | ||
昭和9年(1934) | - | 【渋沢敬三】日本民族学会理事就任。 | 渋沢関係略年譜 |
1月5日 | 日印会商成立す | ||
3月20日 | 岩国工場第二次補充工事四、〇五〇錘完成、二五、二五〇錘となる | ||
3月 | 日英会商決裂す | ||
3月 | 広島工場設備一〇錘増加し三、〇七〇錘となる | ||
4月 | 台湾銀行所有の当社株式処分について告発する者あり、検事局捜査を開始す(帝人事件) | ||
6月6日 | 取締役社長高木復亨氏辞任す | ||
6月26日 | 定時株主総会において役員の改選を行い、代表取締役は久村清太、秦逸三、永田与の三氏と決定、取締役社長に久村清太氏、常務取締役に秦逸三氏、取締役に間室寿人氏選任//監査役宇田成和氏任期満了再選重任す | ||
6月 | 英領各地は邦品主として綿布、人絹布に対し輸入制限を実施す | ||
6月 | 広島工場設備一〇錘増加し、三、〇八〇錘となる | ||
8月14日 | 第三回ダイヤ糸織物競技会を開催す |