収録社史一覧

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会社名 業種 社史タイトル(出版年) 会社沿革と社史メモ
(資)紅葉屋商会 証券 『紅葉屋十年志』([1911.11凡例]) 愛知出身の神田鐳蔵(かんだ・らいぞう、1872-1934)は1900年(明33)東京に株式仲買の紅葉屋を創業。都会の同業者の排斥を受けるが、第一銀行の取引を得て公債取引で利益を上げる。1902年(明35)以来有価証券の市価を掲載した英文紅葉屋日報(Daily report of the Momijiya)を発行。1904年(明37)有価証券金庫銀行必要論を渋沢栄一に陳情し知遇を得る。1910年(明43)組織を改め(資)紅葉屋商会とし、翌年には国債証券の保護預りも行う(名)紅葉屋銀行を設立。10年史は創業からの沿革を、店舗や株券、渋沢栄一の書状等の写真と共に記載。[紅葉屋銀行は1918年(大7)(株)神田銀行となるが、1928年(昭3)破産し翌年強制和議申請]
森田ポンプ(株) その他輸送機器 『70年のあゆみ』(1977.04)
森永製菓(株) 食品 『森永五十五年史』(1954.12) 佐賀出身の森永太一郎(もりなが・たいちろう、1865-1937)は米国で西洋菓子製法を学び、1899年(明32)東京に森永西洋菓子製造所を設立。1905年(明38)には貿易商松崎半三郎(まつざき・はんざぶろう、1874-1961)が入店し支配人となる。1910年(明43)会社組織の森永商店設立、1912年(大1)森永製菓と改称。創業時から製造しバラ売りしていたキャラメルは、改良を重ね一粒ずつ包装し携帯に至便かつ外箱を紙にすることで安価になり、菓子店のドル箱となった。1942年(昭17)戦時の企業統合により森永乳業、森永食品工業、東海製菓、森永関西牛乳を合併、翌年森永食糧工業と改称するが、戦後1949年(昭24)商事部門、乳業部門を分離し、森永製菓に社名復帰した。55年史では第1部が森永太一郎と松崎半三郎の回顧録、第2部が創業からの写真録で商品や広告等を紹介、第3部は資料。
森永乳業(株) 食品 『森永乳業五十年史』(1967.09) 森永製菓(株)は主要商品森永ミルクキャラメルの原料である練乳を自社製造するため、愛国煉乳を買収し1917年(大6)日本煉乳を創立。1920年(大9)森永製菓に合併しその畜産部となるが、1927年(昭2)には分離し森永煉乳を設立。1941年(昭16)に森永乳業と改称するが、翌年再び森永製菓に合併。森永製菓は1943年(昭18)森永食糧工業と改称、1949年(昭24)同社の乳業部が分離独立して現在の森永乳業が設立された。日本煉乳創立からの50年史は社長自ら執筆の創業篇に始まり、パイオニア篇、販売篇、酪農篇、幾山河(回想記、MF事件被災児法要含む)、現況、年表という構成。本文中に多くの図表を取り入れ、ジャーナリストの編集により10ヶ月で完成した。
森村商事(株) 商社 『森村百年史』(1986.10) 江戸京橋の商家に生まれた森村市左衛門(六代)(もりむら・いちざえもん、1839-1919)と弟の森村豊(もりむら・とよ、1854-1899)は輸出貿易を志し、1876年(明9)東京銀座四丁目に匿名組合森村組を設立。第一次世界大戦下の好況期、1904年(明37)日本陶器合名会社(現・ノリタケカンパニーリミテド)、1917年(大6)東洋陶器(現・TOTO)、1919年(大8)日本碍子(現・日本ガイシ)を設立し、セラミック分野に一王国を築く。1946年(昭21)社名を森村商事に改称し敗戦後の再建に着手、窯業関連品・香料・インキ等の輸入業務に進出する。また1910年(明43)に市左衛門が自邸に幼稚園と小学校を設立、今日の森村学園の礎となる。「編集後記」には百年史編纂に使用した『森村翁言行録]』などの参考文献・資料とそれらの所在、さらに証言を得た関係者などについて詳述されている。
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