収録社史一覧

業種"鉱業" 社史一覧 全20件中20件 1件〜20件目を表示

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会社名 業種 社史タイトル(出版年) 会社沿革と社史メモ
神岡鉱業(株) 鉱業 『第1期営業報告』(1950.11)
新日鉱グループ 鉱業 『新日鉱グループの百年 : ビジュアル社史1905-2005』(2006.04)
新日鉱グループ 鉱業 『社史 : 1986-2005 : 新日鉱グループ創業100周年記念』(2006.05) 1905年(明38)創業の久原鉱業は非鉄金属と石油事業で躍進。1928年(昭3)持株会社の日本産業(株)と改組後、鉱業部門は日本鉱業(株)となる。第二次大戦後日本鉱業の石油部門は共同石油の設立を経てジャパンエナジーとなり、金属部門は日鉱金属として発展。両社は2002年(平14)持株会社新日鉱ホールディングス設立により新日鉱グループとして体制を整える。100年史は日本鉱業の『五十年史』と80年史『社史:1956-1985』、及び『共同石油20年史』の続編として、1986年以降のグループ経営・事業の変遷を記録したもの。時代ごとの本編と資料編からなり、同時にビジュアル社史『新日鉱グループの100年』を刊行。[2010年(平22)新日鉱ホールディングスは新日本石油と経営統合してJXホールディングスとなり、傘下の企業はJXグループを形成]
(社)筑豊石炭鉱業会 鉱業 『筑豊石炭鉱業会五十年史』(1935.11)
同和鉱業(株) 鉱業 『七十年之回顧』(1955.11) 1861年秋田県小坂村で銀鉱が発見され、1869年維新政府が没収、官営で鉱山経営が行なわれる。一方大阪で商社を営んでいた藤田組の社主藤田伝三郎は、渋沢栄一らと大阪紡績会社等を設立するなど経営を拡大、鉱山事業に乗り出す。1884年小坂鉱山の払下を受け、資本を増加して大規模に操業する。1917年に設立した藤田鉱業(株)と1937年合併し(株)藤田組となり、戦後1945年12月に同和鉱業(株)と社名変更し再出発する。70年史は小型の体裁ながら、沿革のほか詳細な統計表目次・写真目次・本文索引が付いている。
同和鉱業(株) 鉱業 『同和鉱業90年のあゆみ』([1974])
同和鉱業(株) 鉱業 『創業百年史. [本編]』(1985.05) 百年史の第1部藤田組編では1884年小坂鉱山の払下を受けた創業から終戦まで、第2部同和鉱業編では戦後の再出発から創業100年にあたる1984年までを扱う。近年入手した資料により70年史を大幅に補完している。別冊資料編および別刷の索引あり。
同和鉱業(株) 鉱業 『創業百年史. 資料』(1985.05) 『創業百年史. [本編]』(社史ID:00140)の資料編
日本鉱業(株) 鉱業 『回顧録 : 創業五十周年記念社報特別号』(1956.03) 1905年の創業から50年を記念して「社報特別号」として出された冊子。創立者久原房之助、二代社長鮎川義介など79人の回顧録を掲載。略年表と事業箇所一覧付。
日本鉱業(株) 鉱業 『五十年史』(1957.11) 山口出身の久原房之助は叔父藤田伝三郎に嘱望され1891年小坂鉱山に入り、経営を立て直す。1905年茨城県の赤沢銅山を買い取り、地名の日立村からとった日立鉱山と改め開業。1907年に久原鉱業所職制が定められ組織が整う。1912年久原鉱業(株)設立、1928年久原の義弟鮎川義介の改革で日本産業(株)と商号変更、翌年鉱業部門を分離して日本鉱業(株)を設立。50年史は創業からの沿革を概観編で述べ、部門史及び廃止した箇所も含めて200以上の各事業所の略史を記述している。
日本鉱業(株) 鉱業 『社史 : 1956-1985 : 創業八十周年記念』(1989.10) 1957年刊の50年史以降30年間の軌跡をまとめた社史。概観編では1905年の創業から1955年までの50年略史の後、8章に分けて時代を追って業容を拡大した過程を記述。部門編では資源開発・金属・石油・金属加工・新素材加工・研究開発・管理の部門別に活動経過を詳述している。[1992年日本鉱業(株)は共同石油(株)と合併し(株)日鉱共石となる。その後(株)ジャパンエナジー、ジャパンエナジー電子材料(株)を経て2003年新日鉱ホールディングス(株)となる。]
日本鉱業(株)日立鉱業所 鉱業 『日立鉱山史』([1986.01]) 日立鉱山の歴史を、夜明け前(1591-1905)、黎明期(1905-1912)、好況飛躍時代(1912-1919)、試練時代(1919-1934)、現代編(1935-1951)の順に記述。コンパクトな体裁ながら写真・図表を多く取り入れ、具体的に鉱山の経営を述べている。1952年に発行されたものの復刻版。
日本鉱業(株)日立鉱業所 鉱業 『日立鉱山史. 追補』(1986.01) 1952年に刊行された「日立鉱山史」の復刻に合わせて、以降1985年までの歩みを「追補」として発行したもの。編年体で記述した沿革と資料編からなる。1973年日立鉱業所鉱山部門は日立鉱山(株)として、精錬部門は日本鉱業(株)日立精錬所としてそれぞれ新発足。1981年日立鉱山閉山。
日本精鉱(株) 鉱業 『五十年史』(1986.12)
古河鉱業(株) 鉱業 『創業100年史』(1976.03) 小野組の生糸貿易で活躍した古河市兵衛は、小野組破綻後1875年に新潟の草倉銅山の経営に乗り出し、足尾銅山も譲り受ける。誠実な人柄で第一銀行総監渋沢栄一の信任厚く、援助を受ける。諸鉱山を譲り受け関連事業へも進出し、組織改革にも務め、1891年に「古河家仮家訓」を制定。市兵衛没後の1905年合名組織の古河鉱業会社設立、経営多角化し古河コンツェルン形成。第二次大戦後は事業基盤を金属・石炭から機械・化学他へ移す。百年史は経営史研究者の執筆で、古河電気工業はじめ多くの関連会社の略史も含む。
(社)北海道石炭鉱業会 鉱業 『北海道鉱業誌. 昭和3年版』(1928.09)
北海道炭礦汽船(株) 鉱業 『五十年史』(1939.06) 薩摩出身の北海道庁理事官堀基(ほり・もとい、1844-1912)は、自由かつ弾力性ある炭礦経営をめざして設立された北有社の事業を受け継ぎ、1889年(明22)北海道炭礦鉄道会社を設立(渋沢栄一は発起人)。石炭資源の開発と鉄道運輸を軸に、自給自足経営のため植林、製材、発電、窯業を手がけ、海運、荷役等の分野に事業を拡張。1906年(明39)鉄道国有化に伴い北海道炭礦汽船と改称し、製鉄、製鋼の重工業にも進出する。50年史は沿革と事業からなり、日本製鋼所や輪西鉱山等の関係事業にも触れる。時局がら軍用資源に関する記事・写真は割愛している。[1995年(平7)国内炭礦を全て閉山し、現在は石炭の輸入・販売事業等を行っている]
北海道炭礦汽船(株) 鉱業 『七十年史』(1958.11)
三井鉱山(株) 鉱業 『男たちの世紀 : 三井鉱山の百年』(1990.05) 三井組は明治初期に岐阜県の神岡鉱山を取得して鉱山業に進出。商事部門の三井物産が筑後の官営三池炭鉱の石炭販売を受託し、1889年(明22)には炭鉱が三井組に払い下げられる。その他にも取得した諸鉱山の経営を統合するため1892年(明25)三井鉱山(資)設立、翌年合名会社に改組。田川採炭組など筑豊の炭鉱を買収し規模を拡大。1909年(明42)三井組は持株会社の三井合名会社を設立し三井鉱山はその鉱山部となるが、1911年(明44)には三井鉱山(株)が設立され鉱山部を引き継ぐ。大正・昭和前期に事業体制を整え業容を拡大するが、戦後は石炭から石油へエネルギー需給が変化する中で経営多角化に取り組む。100年史は創業からの歩みをコンパクトにまとめ、巻末に資料付。あとがきによると1987年(昭62)に経営編と石炭技術編からなる大部の社史が編纂されたが刊行に至らず、抄本に当たる本書が三池炭鉱払下100年を機に出版された。[2009年(平21)日本コークス工業(株)に商号変更]
三菱高島炭砿(株) 鉱業 『高島炭砿史』(1989.01) 長崎港外の高島(高島・横島・中ノ島・端島)では、佐賀藩がグラバー商会と共同で石炭採掘事業を始め、1881年岩崎弥太郎が経営を引き継ぐ。1918年三菱鉱業(株)設立、その1事業所となる。創業期に英国の最新技術を導入、その後も組織の合理化・近代化をはかり、当初炭量150万tと予想されたが、最終的には5,500万tもの出炭をみる。1966年、戦後のエネルギー転換期に三菱高島炭砿(株)として独立。石炭産業の不振により1986年閉山。[軍艦島と呼ばれる端島は世界遺産への登録運動が行なわれている]
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