収録社史一覧

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会社名 業種 社史タイトル(出版年) 会社沿革と社史メモ
帝国蚕糸(株) 繊維 『大正九、十年第二次蚕糸業救済の顛末』(1924.12)
帝国人造絹糸(株) 繊維 『当社の沿革と化学繊維工業の概観 : 創立三十周年記念』(1949.06) 東京帝大に学んだ久村清太(くむら・せいた、1880-1951)と秦逸三(はた・いつぞう、1880-1944)は鈴木商店子会社の東工業(株)で人造絹糸製造の研究を進め、1915年(大4)分工場の米沢人造絹糸製造所が発足。第一次大戦景気で生産が伸び、1918年(大7)東工業から分離して帝国人造絹糸(株)が創立。広島、岩国、三原にも工場を建設して設備を増強し、昭和期には需要の変化に対応しスフの生産を拡大する。戦災を蒙るが、占領期GHQの承認を得た政府の繊維産業再建計画により戦後復興を果たす。30年史は会社史、国内外の化学繊維工業史、各種資料、回顧録等からなり、会社史では会社と各工場、研究所、調査課それぞれの沿革の後に、鈴木商店の破綻や関係会社、労働組合等の状況に触れている。巻末統計表の多くは英文併記。[1962年(昭37)帝人(株)と改称][スフ(ステープル・ファイバー=staple fiber):人造絹糸(人絹)を短く裁断したもの。人絹製造の際大量に発生する屑糸であったが、羊毛や綿と混紡することで従来の織物に種々の変化を与え、かつ安価で提供できたので、広く需要が伸びた]
帝国製麻(株) 繊維 『帝国製麻株式会社写真帖 : 東宮殿下行啓紀念』(1911.07)
帝国製麻(株) 繊維 『日本の製麻業』(1936.08)
帝国製麻(株) 繊維 『帝国製麻株式会社三十年史』(1937.10) 内務省技師吉田健作(よしだ・けんさく、1852-1892)はフランスで亜麻紡績を学び、1881年(明14)帰国して製麻業創立を各地に企画。1884年(明17)近江麻糸紡績、1887年(明20)北海道製麻会社、下野麻紡織会社の創立に関わる。日清戦後の不況を乗り切るため近江、下野の両社と大阪麻糸が合同し1903年(明36)日本製麻設立。1907年(明40)には北海道製麻も合併し帝国製麻が誕生、朝鮮や満州にも工場を作り業容を拡大する。(渋沢栄一は北海道、下野、帝国各製麻会社に関わる。)30年史は創立以前の沿革も含み、軍需品や衣服・蚊帳など各種麻製品の写真を巻頭に掲載。巻末に古代中世西洋の亜麻業の解説を図入りで載せている。[1941年(昭16)太陽レーヨンを合併して帝国繊維と改称し、その後も変遷している]
帝国製麻(株) 繊維 『五十年史』(1959.10)
帝国生命保険(株) 保険 『帝国生命保険株式会社五十年史』(1939.10) 海軍会計学舎で英国の経済学等を学んだ加唐為重(かから・ためしげ、1855-1892)は、英国を発祥とする科学的生命保険理論に基づく生命保険会社設立に奔走、福原有信(ふくはら・ありのぶ、1848-1924)らを創立委員に1888年(明21)帝国生命保険(株)を創業した。1910年(明43)経営権安定のため大株主として古河家が加わる。1936年(昭11)渋沢栄一が関わった東洋生命保険を合併し、その全契約を包括移転。社内の体制を整え保険契約高14億円に達する。50年史は第1章に創立と沿革、第2章以下に組織及制度、保険種類及約款、保険契約者利益配当、資産運用など項目別の状況を記述、巻末及び付録に統計諸表を掲載している。[1947年(昭22)朝日生命保険(相)となる]
帝国臓器製薬(株) 医薬品 『帝国臓器製薬80年史』(2000.12)
(株)帝国データバンク サービス業 『Self-portrait : 帝国データバンク百年の肖像』(2000.06)
(株)帝国データバンク サービス業 『情報の世紀 : 帝国データバンク創業百年史』(2000.06) 福岡出身の後藤武夫(ごとう・たけお、1870-1933)は法律を学び新聞記者等を経て興信業設立を目指し、独力で1900年(明33)東京に帝国興信社を創業。1902年(明35)帝国興信所と改称し、1906年(明39)株式会社となる。『帝国経済雑誌』『帝国信用録』『帝国銀行会社要録』等を発刊し、実業道徳の興隆を意図して成長、海外へも進出する。戦後高度情報化社会を迎えコンピュータシステムを導入し、1981年(昭56)帝国データバンクと改称。100年史は序章で興信業の誕生を述べ、創業からの歩みを時代順の7章で実証的に詳述。多くの写真やコラムを交えた立体的な編集で、後藤が発刊し渋沢栄一も支援した雑誌『日本魂』にも触れる。引用資料は各頁欄外に明記し、支店小史を含む詳細な資料編付で、編集過程をあとがきに記す。索引付。普及版『Self-portrait : 帝国データバンク百年の肖像』とCD-ROM版『TDBの世紀』を同時に刊行。
(株)帝国ホテル サービス業 『ホテルと共に七十年』(1964.04) 石川県出身の犬丸徹三(いぬまる・てつぞう、1887-1981)は東京高等商業学校卒業後、満洲・上海・欧州・米国でホテル業務に従事。1890年(明23)開業の帝国ホテルに1918年(大7)招聘され帰国し、翌年副支配人に就任。ライト設計の新館建築中の1923年(大12)支配人となる。昭和期の発展を築き戦火を乗り越え終戦後1945年(昭20)末に社長に就任。戦後のホテル事業復活と共に観光業界発展にも尽力する。本書は70年余りの人生の大半をホテル業界に身を置き、帝国ホテルの業績向上に深く貢献した著者の自伝。「半生の記」と題し38回に渡り日本ホテル協会機関誌『ホテル・レビュー』に連載した記事を元に編集。真摯な語り口で帝国ホテルと日本のホテル業界の足跡を描き出している。
(株)帝国ホテル サービス業 『帝国ホテル物語 : ホテルが綴る近代史 : 開業九十周年記念』([1980.11あとがき]) 1890年(明23)に開業した帝国ホテルの90周年記念誌。創業時から首都東京に相応しい役割を追求してきた帝国ホテルは、時代の要請に対応するオフィス機能を備えたインペリアルタワー建築中に90周年を迎える。社史は少ないページ数ながら建物や関わった人々の写真を数多く取り入れた編集で、スタッフや顧客のエピソードもはさみ、帝国ホテルの沿革と特徴をわかりやすくまとめている。
(株)帝国ホテル サービス業 『帝国ホテル百年史 : 1890-1990』(1990.11) 幕末の開国以後、外国の賓客接待のための近代ホテルの必要性が高まる。財界実力者渋沢栄一、大倉喜八郎らを発起人に1887年(明20)有限責任東京ホテル会社設立。しかし近くに同名のホテルがあり1890年(明23)有限責任帝国ホテル会社と改称し、同年帝国ホテル開業。1893年(明26)株式会社に改組。1923年(大12)にはライト設計の全館が完成、同年の関東大震災の被害も軽微で、戦前戦後を通じて多くの来日外国人が宿泊。戦後は進駐軍に接収されるが、解除後は観光ビジネスの拡大と共に事業を拡充。1970年(昭45)に現本館が完成し、卓越したサービスの提供を目指して発展する。本格的社史として初めて編纂された100年史は沿革編と資料編からなる。沿革編は帝国ホテルの創業からの経営施策の足跡に加え、関連の深い観光行政や帝国ホテルが欧米から移入した生活文化等についても触れる。人名・事項索引付。同時に普及版と英語版の社史も刊行。
(株)帝国ホテル サービス業 『The Imperial : the first 100 years』(1990) 『帝国ホテル百年史』の英語版。序章"Hospitality : a medley of traditions"では、西欧の伝統を受け継ぎながら日本の迎賓館としての歴史を築いた帝国ホテルの「もてなしの心」に触れる。第1章"The grand design"では、1890年(明23)の開業前後からホテルの基礎を作り上げた時期を扱う。第2章"The vibrant image"は、ライト館時代の輝かしい発展と戦争前後の時期を述べる。第3章"Practical accommodations"では、新しい時代に即した本館を建築し更に向上を目指すホテルの姿を描く。巻頭に年表を置き本文中に多くの写真をとりいれた編集。
(株)帝国ホテル サービス業 『帝国ホテル百年の歩み』(1990.11) 『帝国ホテル百年史』の普及版。1890年(明23)の開業からの経営の歩みを第1部に置き、第2部以降は帝国ホテルが時代の先駆けとなり、生活文化の伝播あるいは創造に大きな影響を与えた足跡を、「文化」「建築」「料理」の角度からまとめている。読みやすい文体で写真や図版を豊富に取り入れ具体的に提示した編集。
(株)帝国ホテル サービス業 『Imperial Hotel : a legend in pictures』(2003.03) 1890年(明23)の開業から100年以上にわたる帝国ホテルの歩みを写真で綴った社史。日本の西欧化の足跡を示すホテル建物や各種設備、行事とそこに集った人々、レストランのメニューなど各時代の写真を解説付きで配している。本文は英語と日本語併記で、巻末の"The Imperial : a brief history in words"「3つの物語 : 帝国ホテルの軌跡」に沿革をまとめている。[巻頭にライトがデザインした帝国ホテル用食器の写真]
(株)帝国ホテル サービス業 『帝国ホテルの120年』(2010.12)
帝蚕倉庫(株) 倉庫・運輸関連 『帝蚕倉庫三十五年史』(1964.11) 大正期の生糸恐慌の救済機関として1920年(大9)設立された帝国蚕糸は、使命を達成し多額の利益をあげ解散。その残余財産活用の一つとして政府により生糸専用倉庫が横浜に建設される。倉庫運営のため蚕糸業者らは協同して1926年(大15)帝国蚕糸倉庫(株)を創立。政府と倉庫賃借契約を結び開業する。第二次大戦後1947年(昭22)帝蚕倉庫と改称、蚕糸業の衰退と共に会社の業態も変化し、横浜の立地を活かした港湾倉庫業としての道を歩む。35年史は6章までに創立からの沿革を記し、7章が役員と定款、8章が生糸入出庫量等の業務諸表。附録に生糸需給表等を付す。
帝人(株) 繊維 『帝人の歩み. 1』(1968.05) 貿易商鈴木商店の金子直吉(かねこ・なおきち、1866-1944)は人造絹糸(人絹)の将来性に目をつけ、1915年(大4)子会社の東工業(株)に分工場米沢人造絹糸製造所を設立。第一次大戦景気で生産が伸び、1918年(大7)東工業から分離して帝国人造絹糸(株)が創立(本社は大阪)。工場を次々と建設し、人絹およびスフの製造で躍進。戦後は種々の合成繊維製造に業容を拡大し、1957年(昭32)本社を東京へ移す。1962年(昭37)帝人(株)と改称。1968年(昭43)の50周年を機に編纂を開始した社史『帝人の歩み』は、時代順のトピックごとに沿革をまとめた編集で、1977年(昭52)までに11巻を刊行している(内容は創業時から1961年(昭36)頃まで)。
帝人(株) 繊維 『帝人の歩み. 2』(1968.10) 『帝人の歩み. 1』(社史ID:02000)の2巻
帝人(株) 繊維 『帝人の歩み. 3』(1969.06) 『帝人の歩み. 1』(社史ID:02000)の3巻
帝人(株) 繊維 『帝人の歩み. 4』(1969.11) 『帝人の歩み. 1』(社史ID:02000)の4巻
帝人(株) 繊維 『帝人の歩み. 5』(1970.09) 『帝人の歩み. 1』(社史ID:02000)の5巻
帝人(株) 繊維 『帝人の歩み. 6』(1971.09) 『帝人の歩み. 1』(社史ID:02000)の6巻
帝人(株) 繊維 『帝人の歩み. 7』(1972.10) 『帝人の歩み. 1』(社史ID:02000)の7巻
帝人(株) 繊維 『帝人の歩み. 8』(1973.11) 『帝人の歩み. 1』(社史ID:02000)の8巻
帝人(株) 繊維 『帝人の歩み. 9』(1974.11) 『帝人の歩み. 1』(社史ID:02000)の9巻
帝人(株) 繊維 『帝人の歩み. 10』(1975.12) 『帝人の歩み. 1』(社史ID:02000)の10巻
帝人(株) 繊維 『帝人の歩み. 11』(1977.06) 『帝人の歩み. 1』(社史ID:02000)の11巻
帝都高速度交通営団 鉄道・バス 『営団地下鉄五十年史』(1991.07)
電気化学工業(株) 化学工業 『電気化学工業株式会社三十五年史』(1952.03)
電気化学工業(株) 化学工業 『45年の歩み』(1960.11) 窒素肥料のほとんどを輸入していたわが国では、第1次大戦後の好況期に多くの化学工業会社が起こる。カーバイド・石灰窒素などの化学工業品の製造・販売を目的に、1915年三井系有力者により電気化学工業(株)が設立される。発起人渋沢栄一、初代会長は馬越恭平。酢酸工業にも進出し、渋沢栄一が相談役を務めた日本醋酸製造(株)を1941年に吸収合併。45年史は現況、製造、沿革、当社発展のあと、という構成。
(社)電気協会 電気機器 『電気協会十年史』(1932.04)
(株)天賞堂 小売業 『商道先駆 : 天賞堂五十年の回顧』(1939.06) 千葉出身の江沢金五郎(1852?-1896)は1879年(明12)東京銀座に印房店の天賞堂を創業。皇族や文人、清国からも広く注文を受ける。1888年(明21)頃から時計や高級宝石の輸入販売を開始。定価販売や品質保証制度を実施し信用を得る。1890年(明23)の第3回内国勧業博覧会以来内外の博覧会に工芸品を出品、最高賞を何度も受賞し評判を呼ぶ。1904年(明37)米国コロムビア社の写声機(蓄音機)を発売しレコードも制作、音曲の内容を「美音の栞」として頒布する等、独創的販売方法で業績を伸ばす。[1906年には渋沢栄一が演説をレコードに録音している。]50年史は創業からの歩みを創業者の弟が語ったもの。本文の随所に看板、広告文、報道記事などを引用している。
(株)電通 サービス業 『電通66年』(1968.12)
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