収録社史一覧

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会社名 業種 社史タイトル(出版年) 会社沿革と社史メモ
若築建設(株) 建設 『80年史若築建設株式会社』(1970.07)
若築建設(株) 建設 『若築建設百年史』(1990.05)
若築建設(株) 建設 『若築建設百三十年史』(2020.05) 1889(明治22)年、石炭をはじめ物資輸送の拠点として注目された洞海湾(若松港)の築港工事と運営を行うため、若松築港会社が設立。翌年、福岡県庁の許可を得て工事に着手した。1893(明治26)年、若松築港株式会社に改称。周辺地域の発展に伴い港の拡張工事、洞海湾の開発を進めていく。1938(昭和13)年に若松港の運営が県に移ると港湾建設会社として再出発。県外へも進出し、東京湾岸工事などを請け負う。1965(昭和40)年、総合建設業を目指し、若築建設株式会社に社名変更。港湾工事だけでなく、鉄道や道路、下水道など陸上土木工事にも参入し、全国に支店を展開している。本社史は2020(令和2)年の創業130周年を記念し刊行された。会社設立から太平洋戦争終結までの第一編、戦後から創業100周年までの第二編、最近20年の第三編と資料編で構成される。また同社設立初期にかかわった渋沢栄一についてコラムページを設けている。渋沢栄一は不況下で危機に瀕した同社の経営について助言している。のち同社の事業に賛同し株主となり、1893(明治26)年からは相談役に就任した。
若松築港(株) 建設 『若松築港株式会社五拾年史』(1941.06) 九州北端の洞海湾に面した若松港は、明治以降石炭積出港としての整備が計画された。筑豊興業鉄道が敷設工事を始めたのを機に、地元有志により1890年(明23)若松築港会社が設立。浚渫埋立工事準備を開始し渋沢栄一の援助を得て開業する。入港する船から港銭を徴収する免許を得て洞海湾の運営に当たり、1893年(明26)株式会社となる。1897年(明30)造成した八幡の埋立地に官営製鉄所が開業し、若松築港は洞海湾の施設を拡充、石炭港から大工業港へと発展。1938年(昭13)港銭徴収が廃止され、洞海湾の運営は県に移る。若松築港は定款を改訂し、港湾工事へ進出。50年史は1-3章が沿革、4-7章が現況・資料にあたり、8章に年表という構成。[1965年(昭40)若築建設(株)と改称]
和歌山紡織(株) 繊維 『和歌山紡織株式会社五十年史』(1942.10) 明治初期に洋式紡績業創業の動きが起こり、和歌山では紀州綿ネルの生産が始まる。旧田辺藩士赤木友次郎らは1887年(明20)和歌山紡績会社を設立し、機械紡績で綿ネル用の糸を生産。赤木らは一方で1893年(明26)和歌山織布(株)を設立。和歌山織布は1911年(明44)和歌山紡績を合併し、和歌山紡織(株)と改称。工場を増設して製品種類も増やし、第一次大戦期と関東大震災後の需要増で業績を伸ばす。戦時下1941年(昭16)日出紡織、出雲製織、錦華紡績と合併し、大和紡績(株)となる。和歌山紡績創立からの50年史は、前篇に創業前の紀州の綿業、中篇に和歌山紡績と和歌山織布の沿革、後篇に和歌山紡織設立から合併までの歩みという構成。各種資料と追想録を付している。[2009年(平21)持株会社ダイワボウホールディングス(株)の事業会社となる][綿ネル=綿フランネル。起毛を施した木綿生地のこと]
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