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業種"銀行" 社史一覧 全192件中92件 101件〜192件目を表示

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会社名 業種 社史タイトル(出版年) 会社沿革と社史メモ
日本開発銀行 銀行 『日本開発銀行二十五年史』(1976.04)
日本開発銀行 銀行 『日本開発銀行史』(2002.03) 戦後の経済復興期に設立、総合政策金融機関として産業の開発、環境・エネルギー対策、ベンチャービジネスから国民福祉まで対応。1999年に北海道東北開発公庫と統合の上、日本政策投資銀行となる。
(株)日本勧業銀行 銀行 『日本勧業銀行創業二十年志』(1917.11)
(株)日本勧業銀行 銀行 『日本勧業銀行三十年志』(1927.12)
(株)日本勧業銀行 銀行 『日本勧業銀行四十年志』(1938.01) 明治維新以降短期金融機関は整備されていったが、不動産を抵当として事業資金を供給する長期金融機関の整備は、1896年日本勧業銀行法の可決から始まった。渋沢栄一らの設立委員が任命され、翌1897年日本勧業銀行が設立。40年史は以降1937年6月までの内容。沿革編は、農工銀行を合併した最近10年に重点を置いた記述。組織・管理編、営業編では現状を祥述。附録に「勧農両銀行合併史」「年表」「統計資料」を含む。
(株)日本勧業銀行 銀行 『日本勧業銀行法草案関係資料』(1951.03)
(株)日本勧業銀行 銀行 『明治初年不動産銀行・農業銀行関係資料』(1952.10)
(株)日本勧業銀行 銀行 『日本勧業銀行鑑定調査諸規定資料』(1953.01)
(株)日本勧業銀行 銀行 『日本勧業銀行史 : 特殊銀行時代』(1953.06) 1897年に創業した日本勧業銀行は、1950年「日本勧業銀行法等を廃止する法律」施工によって、53年に亘る特殊銀行としての幕を閉じ、新たに普通銀行として出発した。この特殊銀行時代の歴史をまとめたもの。章立ては、日本勧業銀行前史、農工業金融時代、不動産銀行化時代、勧農合併開始時代、不況救済金融時代、戦時特殊金融業務時代、預金銀行化時代。
(株)日本勧業銀行 銀行 『日本勧業銀行統計資料』(1953.11)
(株)日本勧業銀行 銀行 『日本勧業銀行六十年史』(1957.08) 1897年創業から1950年普通銀行に転換するまでは「略史」として巻末に述べ、本文は1950年から1957年3月までの内容。第1編長期・短期両金融兼営期、第2編普銀体制確立期、第3編現況からなる。
(株)日本勧業銀行 銀行 『日本勧業銀行七十年史』(1967.08) 1897年の創業から1967年までを編年体で記述。最近10年の歩みに2/3の頁を当てている。
(株)日本勧業銀行 銀行 『日本勧業銀行七十年史統計資料集』([1967.08]) 「日本勧業銀行七十年史」編集に当たって収集した経営統計および主要一般金融経済指標を収録したもの。1950年普通銀行に転換して以降の統計が主体。
(株)日本勧業銀行 銀行 『日本勧業銀行史追録 : 創立70周年から合併まで』(1976.07) 1897年の創業から1971年第一銀行と合併し第一勧業銀行となるまでの記述。1967年の70周年までは序章に記し、以降合併に至るまでの経緯を詳述している。
日本銀行 銀行 『日本銀行八十年史』(1962.10) 明治初頭、不換紙幣の濫発により激しいインフレーションが進行。1881年大蔵卿松方正義は不換紙幣の整理と中央銀行の創立をめざす建議を三条太政大臣あて提出、翌1882年日本銀行条例を交付し、日本銀行設立。80年史は沿革、調査活動、組織、現況の4章及び、年表・統計・法令からなる。図版を多く採りいれ挿話なども交えて読みやすくハンディな体裁。
日本銀行 銀行 『日本銀行百年史. 第1巻』(1982.10) 1882年の創業からの100年の歩みを、金融政策運営の推移を主軸に記述。全体を前編「銀本位・金本位制度時代」(創立~1931年)と後編「管理通貨制度時代」(1932~1982年)に分け、それぞれを金融政策運営上の共通した観点から年代順に数章に編成。3,500頁に及ぶ本編全6巻と資料編1巻は、1982年から86年にかけて出版された。創立当時第一国立銀行頭取の渋沢栄一は割引手形審査のための割引委員(1882)に、後に孫の渋沢敬三は副総裁(1942-44)、総裁(1944-45)に就いている。人名・事項索引付。
日本銀行 銀行 『日本銀行百年史. 第2巻』(1983.06) 『日本銀行百年史. 第1巻』(社史ID:09420)の第2巻
日本銀行 銀行 『日本銀行百年史. 第3巻』(1983.11) 『日本銀行百年史. 第1巻』(社史ID:09420)の第3巻
日本銀行 銀行 『日本銀行百年史. 第4巻』(1984.06) 『日本銀行百年史. 第1巻』(社史ID:09420)の第4巻
日本銀行 銀行 『日本銀行百年史. 第5巻』(1985.03) 『日本銀行百年史. 第1巻』(社史ID:09420)の第5巻
日本銀行 銀行 『日本銀行百年史. 第6巻』(1986.03) 『日本銀行百年史. 第1巻』(社史ID:09420)の第6巻
日本銀行 銀行 『日本銀行百年史. 資料編』(1986.09) 『日本銀行百年史. 第1巻』(社史ID:09420)の資料編
(株)日本興業銀行 銀行 『日本興業銀行最近十年史』(1934.12) 1890年の恐慌時、大蔵大臣松方正義は動産質(主に株式)貸付を行う動産銀行の設立を提唱。1899年の金融逼迫時に再び動産銀行設立が要請され、1900年日本興業銀行法が成立。渋沢栄一らの設立委員が任命され、1902年日本興業銀行が開業。1921年に20年史を編集するが印刷に至らず、それ以降の10年の発展史を163頁の小冊子にまとめたもの。
(株)日本興業銀行 銀行 『日本興業銀行五十年史. [本編]』(1957.09) 1902年日本興業銀行法に基づき、半官半民の特別銀行として設立されてから、1952年長期信用銀行に移行するまでの50年史。設立~、第1次大戦~、金解禁~、終戦~、の4つの時代順に、日本経済の情勢と興銀の歩みを平行して記述。別冊の年表は自行の項目のほか、金融・産業・国内経済・その他国内事項・国際経済・その他国際事項の各項目に加え、各年代の内閣(大蔵大臣)・日銀総裁・興銀総裁も加えた詳細なもので、会社名索引付。
(株)日本興業銀行 銀行 『日本興業銀行五十年史. 年表』(1957.09) 『日本興業銀行五十年史. [本編]』(社史ID:09500)の年表(索引付)、資料
(株)日本興業銀行 銀行 『日本興業銀行七十五年史. [本編]』(1982.03) 1902年の創業から1977年までの75年史。1952年までの歩みを「五十年史」から要約して簡潔な前編としている。詳細な後編は長期信用銀行として再発足後の25年間を、復興期(~1957年頃)、高度成長期(~1971年頃)、激動・調整期の3つの時期に分け、世界経済・日本経済の動きの中での事業活動を記述している。1200ページの大作で事項索引付。別冊は詳細な資料編と年表。
(株)日本興業銀行 銀行 『日本興業銀行七十五年史. 別冊』(1982.03) 『日本興業銀行七十五年史. [本編]』(社史ID:09520)の資料編・年表
(株)日本興業銀行 銀行 『日本興業銀行百年史』(2002.01)
(株)日本債券信用銀行 銀行 『日本債券信用銀行三十年史』(1993.06)
(株)日本相互銀行 銀行 『日本相互銀行史』(1967.03)
(株)日本不動産銀行 銀行 『日本不動産銀行十年史』(1967.10) 1909年(明42)発足の韓国銀行は、韓国併合後1911年(明44)朝鮮銀行と改称された。以来朝鮮および関東州の中央銀行として金融業務を行い、中国にも支店網を広げる。第二次大戦後閉鎖され解散し、特殊清算後の残余財産を基に第二会社として1957年(昭32)日本不動産銀行が設立。中小企業向けの長期資金供給を主とし、不動産を担保とする金融に重点を置く長期信用銀行として開業し、高度経済成長に伴い発展する。10年史では朝鮮銀行創立から日本不動産銀行設立までの経緯を概観した後、開業後10年の事業展開について記述、10周年記念式典にも触れる。[1977年(昭52)日本債券信用銀行と改称(現・あおぞら銀行)]
日本輸出入銀行 銀行 『十年のあゆみ』(1963.12) 占領下の1950年春、池田勇人蔵相が日本の輸出振興について米国と協議。政府案をまとめ年末に日本輸出銀行法公布施行。政府出資の日本輸出銀行として翌1951年日本興業銀行本店ビル内で業務開始。1952年に法改正し輸入金融業務を追加、日本輸出入銀行となる。10年史は設立の経緯から1961年3月までの編年史の後に、関係者の回想録を掲載。
日本輸出入銀行 銀行 『二十年の歩み』(1971.12) 20年史はまず総論として、設立から1971年3月までの業務活動を記述。各論では融資活動について、輸出金融、海外投資金融・資源開発輸入金融、直接借款の章に分けて詳述している。執筆は外部に委託。
日本輸出入銀行 銀行 『三十年の歩み』(1983.12) 30年史は設立から1981年3月までの歩みを通史として記述。[1999年海外経済協力基金と統合し国際協力銀行となる]
日本輸出入銀行 銀行 『日本輸出入銀行史』(2003.03)
(株)野村銀行 銀行 『野村銀行二十年史』(1938.08) 大阪の両替商野村家が資産運用を証券投資に求め、二代目野村徳七(のむら・とくしち、1878-1945)は1906年(明39)野村徳七商店を新設。以来業務は一大躍進を遂げ、最も堅実且つ国家に貢献する資産運用事業として、1918年(大7)大阪野村銀行を創立。1927年(昭2)野村銀行と改称。昭和金融恐慌や統制経済移行の時期の中で内外に支店を設置し飛躍する。20年史は沿革と現況、支店略史、資料からなる。[1948年(昭23)大和銀行と改称]
(株)八十二銀行 銀行 『八十二銀行史』(1968.05) 古来養蚕業が普及した長野県では明治期に生糸生産高が日本一に発展し、各地に製糸金融会社が興る。上田の名士らは1877年(明10)第十九国立銀行を設立、一方松代の士族らは1878年(明11)第六十三国立銀行を設立。1897年(明30)それぞれ私立の第十九銀行、六十三銀行となり、近隣銀行を合併しつつ製糸業発展と共に業績をのばす。両行は昭和恐慌克服のため1931年(昭6)合併し、八十二銀行を創立。行名は19+63=82から命名(既存の第八十二銀行後継の安田銀行は了解)。本社史は序編、本編、付編からなり、序編で明治初年から昭和恐慌までの、製糸業を中心とした長野県下の産業と金融機関の発展過程を記述。本編で八十二銀行創立後の業績推移と、県内産業が生糸から軍需産業、そして戦後の近代工業へ移行した過程を詳述し、合併諸銀行略史にも触れる。[渋沢栄一は第十九国立銀行の設立を指導]
(株)肥後銀行 銀行 『肥後銀行史』(1960.11) 細川家城下町熊本では1879年(明12)宇土郡の士族らが第百三十五国立銀行を創立。1896年(明29)普通銀行の九州商業銀行となり、1918年(大7)熊本銀行と改称。1925年(大14)飽田銀行・植木銀行と合同し、肥後協同銀行を新立した。1928年(昭3)肥後銀行と改称し、現在にいたる。本社史は前編「熊本県における銀行業の生成と発展」、本編「肥後銀行三十五年史」、附録からなる。前編に前身銀行の略史も記述、本編は章ごとに沿革と一般および熊本県内経済情勢を記載し、熊本県経済史としても充実している。[渋沢栄一は九州商業銀行発起人の一人]
(株)肥後銀行 銀行 『肥後銀行七十年史』(1996.05)
(株)福井銀行 銀行 『福井銀行六十年史』(1965.05) 日本有数の産米地帯である福井県では、明治初期の地租改正により地主が蓄積した資本を、近代産業へ投資する熱が高まる。進歩的地主らは市橋保治郎(いちはし・やすじろう、1864-1954)を中心に1899年(明32)福井銀行を創立、殖産興業の国策に応じ羽二重機業の育成に努めた。繊維業の変遷に応じた金融措置、関連産業の助成、農業の体質改善に伴う農村金融などにも応じる。県内多数の銀行を合併し1945年(昭20)には一県一行を実現する。60年史は時代ごとの事業史と現況からなる。
(株)富士銀行 銀行 『富士銀行七十年誌』(1952.03) 安田善次郎は事実上銀行であった安田商店を改組し、1880年東京日本橋に合本安田銀行を設立。1893年合資会社、1900年合名会社、1912年株式会社へ改組。1923年に11行が合同し新たに安田銀行が発足。渋沢栄一が相談役を務めた帝国商業銀行は1927年第三銀行となり、1944年安田銀行が買収。戦後安田保善社の解体に付随して1948年(株)富士銀行と改称。70年史は1935年に刊行された『安田銀行六十年史』以降の10年の歩みを、戦時篇、戦後篇、現況に分けて記述、巻末に「六十年略誌」も載せている。
(株)富士銀行 銀行 『富士銀行八十年史』(1960.11) 1880年安田銀行の発足からの80年史。前半は安田商店誕生からの「八十年通史」で、組織の変遷ごとの章立てで富士銀行の発足経緯も詳述。後半は1948年改称した「富士銀行史」で、戦後の経済状況の中での銀行経営の歩みを述べる。
(株)富士銀行 銀行 『富士銀行の百年』(1980.11) 1880年安田銀行の発足からの100年史。第1~3編は創業者安田善次郎と銀行業の創設からの歩みを述べ、第4~7編では戦後1948年改称した富士銀行の成長と発展を詳述している。[2002年第一勧業銀行、日本興業銀行と合併統合し、(株)みずほ銀行及び(株)みずほコーポレート銀行となる]
(株)富士銀行 銀行 『富士銀行百年史』(1982.03)
(株)富士銀行 銀行 『富士銀行百年史. 別巻』(1982.03) 『富士銀行百年史』(社史ID:09700)の別巻
(株)武州銀行 銀行 『武州銀行史』(1988.04) 埼玉県では明治以降小規模な銀行が数多く設立される。地元有力者は県の中央銀行を株式組織により設立することを図り、尾高惇忠次男の尾高次郎東洋生命保険社長を創立委員長に選出、1918年(株)浦和町に武州銀行設立。渋沢栄一が関わった黒須銀行・熊谷銀行を含む県内6行を、大正の不況期に吸収合併。1943年に政府の一県一行主義の方針により、第八十五銀行、忍商業銀行、飯能銀行と合併し(株)埼玉銀行となる。武州銀行設立には渋沢栄一は尽力したものの表には出なかった、という関係者の談話も掲載。
(株)北越銀行 銀行 『創業百年史』(1980.09) 戊辰戦争に敗戦した長岡藩の三島億二郎は士族救済に奔走し、1878年第六十九国立銀行を設立。一方渋沢栄一らが発起人となった北越鉄道(株)が認可された際、長岡にもう一つ銀行を新設する計画が具体化し、1896年長岡銀行創立。両行は1942年行政指導のもとで合併し長岡六十九銀行となり、1948年(株)北越銀行と改称。百年史には合併された多くの前身銀行の沿革と主要勘定を記載。前身銀行の一つ宮城屋貯蓄銀行は、経営破綻の際渋沢栄一の尽力で整理され東京栄銀行となり、後長岡銀行が吸収している。
(株)北越銀行 銀行 『北越銀行史 : 110年のあゆみ』(1988.06) 「百年史」以降の1979年から1988年までの10年間の推移をまとめたもの。沿革と資料編からなる。
(株)北越銀行 銀行 『北越銀行史 : 120年のあゆみ』(1998.06)
(株)北洋相互銀行 銀行 『北洋相互銀行50年史』(1970.06) 第一次大戦期の好況時に北海道経済中心の小樽で、中小商工業者の為の庶民金融機関として地元有力者により1917年(大6)北海道無尽が創立。翌年免許が下りるが函館の北海無尽と商号類似のため、小樽無尽と改称し営業開始。第二次大戦時下の金融統制で1944年(昭19)全道の無尽会社を合併し北洋無尽となる。戦後1951年(昭26)相互銀行法施行により、北洋相互銀行となった。50年史では創業前史として明治初年からの北海道における金融事業と無尽の沿革を記述。本史は小樽無尽・北洋無尽・北洋相互の時代区分で沿革を詳述。最後に合併各無尽会社の小史を記載している。付録に相互銀行法・無尽業法を掲載。[1989年(平1)普通銀行に転換、北洋銀行に商号変更。1998年(平10)北海道拓殖銀行より北海道地区の営業を譲受]
(株)北陸銀行 銀行 『創業百年史』(1978.03) 金沢の士族らが1877年(明10)設立の第十二国立銀行は、売薬業者と密接な関係があった富山の第百二十三国立銀行と1884年(明17)合併し、本店を富山に移す。また1889年(明22)設立の高岡銀行は米穀・肥料商や綿商、1894年(明27)設立の中越銀行は地主主体の企業家、1896年(明29)設立の富山橋北銀行(後富山銀行)は中小商業者をそれぞれ主な取引先としていた。4行はそれぞれ富山県内の多くの銀行を吸収しながら発展するが、1943年(昭18)戦時下の政策で合併し、北陸銀行が誕生。1200頁を越える100年史は本編、産業編、資料編からなり、本編は創立前史、前身銀行史、北陸銀行史の3部構成。産業編は海運、売薬ほか北陸の地場産業の盛衰を詳述。合併の1943年を起点とする10年史、20年史、30年史が刊行されており、1877年の創業からの100年史では合併後の部分は簡潔にまとめている。
(株)北陸銀行 銀行 『北陸銀行50年史』(1994.03)
(株)北海道拓殖銀行 銀行 『北海道拓殖銀行創業十年誌』(1910.10)
(株)北海道拓殖銀行 銀行 『北海道拓殖銀行五十年史』(1950.04) 明治以降発展しつつあった北海道産業界の開発振興に寄与するため、北海道拓殖銀行法により1900年(明33)特殊銀行として北海道拓殖銀行が創立。渋沢栄一は設立委員。長期金融を主に業容を拡大し、北海道内の銀行を次々合併する。開発が農業から商工業へ移行するに従い短期金融業務が発展。戦後北海道拓殖銀行法の廃止に伴い1950年(昭25)普通銀行に転換する。50年史は設立時、満州事変まで、太平洋戦争終末まで、終戦後、という時代区分で陣容と業務の変遷を記述している。[1998年北海道地区営業を北洋銀行へ、本州地区営業を中央信託銀行へ譲渡、1999年解散]
(株)北海道拓殖銀行 銀行 『北海道拓殖銀行史』(1971.04)
(株)北国銀行 銀行 『北国銀行四十年小史』(1983.12) 石川県の北前船問屋米谷半平(こめたに・はんべい)は1891年(明24)小松町に米谷銀行(後に加能合同銀行)を設立。一方第一国立銀行金沢支店の業務を引継いで1892年(明25)設立された加州銀行(旧)は、加賀実業銀行と合併し加州銀行(新)となる。また能登地方7銀行の合同により1938年(昭13)能和銀行が設立。加能合同銀行、加州銀行(新)、能和銀行の3行は、戦時経済下の銀行1県1行体制実現の要請を受け合併、1943年(昭18)北国銀行が誕生した。以後敗戦や2度にわたる石油危機を克服し、経済安定成長期に発展する。コンパクトな体裁の40年史は前身銀行の簡単な沿革の後、合併後の経営の歩みを記述。後半の付編に営業店小史や財務データ等を簡潔にまとめている。
満洲中央銀行 銀行 『満州中央銀行史 : 通貨・金融政策の軌跡』(1988.11) 辛亥革命後の満州は軍閥割拠となり、幣制は紊乱状態であった。1931年(昭6)満州全土を占領した関東軍は翌1932年(昭7)満州国を建国。同年幣制を統一するため満州中央銀行法を公布、特殊会社として満州中央銀行を創立。旧貨幣を回収して金融機構を整備し産業開発を推進する。1945年(昭20)侵攻したソ連軍の命令により一切の営業を停止。本銀行史は『満州中央銀行十年史』(1942年刊)、中国経済接収責任者張公権の収集文書(フーバー研究所所蔵)、中国吉林省金融研究所『偽満州中央銀行史料』(1984年刊)等を元に旧職員らが執筆したもので、満州地域史の中での満州中央銀行の機能を記述。前史、草創、展開、終焉の4部と補論、統計資料、年表、写真等からなり、索引付。
三浦藤沢信用金庫 銀行 『三浦藤沢信用金庫60年史』(2011.07)
(株)三重銀行 銀行 『Open up : 大いなる未来へ向けて : 三重銀行100年史』(1999.03) 明治中期の四日市は貿易取扱高が中部地方最高のシェアを誇り、周辺には紡績、製糸、鉄工、製油、製紙などの本格的近代工場が稼動していた。第一国立銀行は名古屋よりも早く1884年(明17)四日市に支店を開設。地元有力者のなかから「四日市にも本店銀行を」との待望論が高まり、1895年(明28)に四日市の経済力の象徴として四日市銀行が設立され順調に成長する。頭取の贈収賄事件連座により1932年(昭7)より2年間休業、1939年(昭14)三重銀行と改称し再スタートを切る。100年史は明治の創業時から平成の新本店完成までの100余年の歩みを目で見る写真史として編集し、三重紡績の創設を援助した渋沢栄一についても掲載。資料編の年表は『三重銀行史』(1987年刊)掲載以降の1986年(昭61)より記述。
(株)三井銀行 銀行 『三井銀行五十年史』(1926.09) 三井両替店の創設から1926(大正15)年までを、両替店時代(1683-1867)、御為替方及銀行創立準備時代(1867-1876)、私盟会社時代(1876-1893)、合名会社時代(1893-1909)、株式会社時代(1909-)という区分で述べる。本文78ページ、年表19ページの簡潔な社史。
(株)三井銀行 銀行 『三井銀行八十年史』(1957.11) 銀行創設に際し、大蔵大丞渋沢栄一は三井・小野両組共同での設立を推奨。のち三井は海運橋の三井組ハウスを第一国立銀行に譲渡し、駿河町に西洋館を建て1876年に我が国初の私立銀行として創立。1943(昭和18)年に第一銀行と合同し帝国銀行創立、会長明石照男。華族銀行として発足した十五銀行と1944年合併。終戦後第一銀行を分離、1954年に三井銀行の行名へ復帰。三井両替店からの通史、十五銀行小史も含み、索引も付した804ページの大作。
(株)三井銀行 銀行 『三井銀行 : 100年のあゆみ』(1976.07) 設立からの100年のあゆみを読みやすい通史として編集。執筆を日本経営史研究所に委託した、337ページのコンパクトな社史。
三井信託銀行(株) 銀行 『三井信託銀行五十年史』(1974.11) 1923年信託及び信託業法が施行、社会貢献的性格を持つ信託業務に関心の強かった三井銀行常務米山梅吉は、財界の協力を得て1924年三井信託(株)設立。初代会長は三井合名会社理事長団琢磨。第二次大戦後1948年に信託銀行へ転換し、財閥色払拭のため東京信託銀行(株)と改称。1952年三井信託銀行(株)となる。50年史は1955年発行の30年史を要約収録し、銀行転換後の部分はかなり追加執筆している。構成は第1部信託会社編、第2部信託銀行編で、巻末に内外45支店の小史も含む。
三井信託銀行(株) 銀行 『三井信託銀行六〇年のあゆみ』(1984.10) 1974年発行の50年史以降10年間の歩みに重点を置きながらも、1924年の創業以来60年の足跡をわかりやすくまとめたもの。[2000年に中央信託銀行(株)と合併し、中央三井信託銀行(株)となる]
三井信託銀行(株) 銀行 『三井信託銀行75年史』(2000.03)
(株)三井住友銀行 銀行 『三井住友銀行十年史』(2013.03)
三井両替店 銀行 『三井両替店』(1983.07) 17世紀江戸の繁栄期に豪商三井は京都・江戸・大阪で呉服店(越後屋)と両替店を開設。1683(天和3)年江戸駿河町に三井両替店(だな)開店。幕府公金の御用一端を担って得た資金を、物的裏づけのある商業金融へ運用。1876(明治9)年三井銀行創設につながる。社史は三井文庫保存の膨大な史料に基づいて作成。
(株)三菱銀行 銀行 『三菱銀行史』(1954.08) 1895年発足の三菱合資会社の銀行部門が1919年分離して独立の(株)三菱銀行設立。戦後1948年再建整備法により行名を千代田銀行とするが、1953年再び三菱銀行と改称。社史は三菱社の発足から書き起こした前史、三菱合資会社銀行部時代、株式会社三菱銀行時代、株式会社千代田銀行時代の区分で記述。巻末に部史・支店小史・発展の跡・年表あり。1980年に本文のみ復刻版が刊行されている。
(株)三菱銀行 銀行 『三菱銀行史』(1980.09) 1954年発行の「三菱銀行史」普及第2版の復刻版。初版の紙型から復刻。内容は本文のみで、部史・年表等の部分は1980年発行の「三菱銀行史. 続」に創立からの情報を掲載している。
(株)三菱銀行 銀行 『三菱銀行史. 続』(1980.09) 1954年発行の「三菱銀行史」の後を受け、第一編編年史では戦後経済復興期から1979年までの歩みを記述。第二編主要施策史では、大衆化路線の展開、国際業務の発展、事務合理化の進展の3つの側面からの歩みを述べている。巻末の本部史・営業店史・資料編・財務諸表・年表は、三菱社発足当初からの情報を掲載している。
(株)三菱銀行 銀行 『三菱銀行史. 続々』(1999.11)
三菱信託銀行(株) 銀行 『三菱信託銀行四十年史』(1968.09)
三菱信託銀行(株) 銀行 『三菱信託銀行六十年史』(1988.06)
(株)安田銀行 銀行 『安田銀行六十年誌』(1940.09) 安田善次郎は両替商から始まり実質的に銀行であった安田商店を改組し、1880年東京日本橋に合本安田銀行を設立。紀元二千六百年に出された60年史は、設立以前の安田商店時代から、合本組織、合資会社、合名会社、株式会社の時代ごとに編年体で記述。1923年に11行が合同した経緯と各行の略史も記載。[1948年富士銀行と改称]
安田信託銀行(株) 銀行 『安田信託銀行四十年史』(1965.12) 1900年以降わが国民間信託会社が続々と設立され、1923年信託法と信託業法が施行。日本興業銀行総裁を務めた志立鉄次郎は安田銀行副頭取結城豊太郎の協力を得て信託会社設立を計画。全国から発起人を募り1925年大阪に共済信託(株)設立、社長は2代安田善次郎。1926年安田信託(株)と改称、1933年東京へ本店を移す。戦後信託銀行に転換し、1948年中央信託銀行(株)誕生、1952年安田信託銀行(株)となる。第1部では40年の歩みを編年体で記述、第2部は現況、資料等。900頁の大部ながら目次は20行と簡略。
安田信託銀行(株) 銀行 『安田信託銀行五十年史』(1976.09) 前半は40年史の内容を半分ほどにまとめているが、初代安田善次郎が1899年渋沢栄一の欧米視察の話により信託業務に関心を抱いた挿話は記載されている。後半は最近10年間の経済変動化での業務について詳述。
安田信託銀行(株) 銀行 『安田信託銀行六〇年のあゆみ』(1986.03) 前編として創立から50年までの歩みに触れた後、最近10年の出来事を中心に新商品の開発とサービス向上の側面に焦点をあてて編集。ハンディな体裁。[2002年みずほアセット信託銀行、2003年みずほ信託銀行となる]
(株)山口銀行 銀行 『山口銀行史』(1968.09)
(株)山口銀行 銀行 『山口銀行史』(1999.06) 1878年設立の第百十国立銀行を母体に、1944年国策に従い山口県下の5行が合併して山口銀行となる。1977年に徳山東支店で起きた不祥事件についても記載あり。社史は索引は簡単だが目次は詳細。山口県の歴史文化を表した本店の壁面彫刻が絵引き付で掲載されている。
(株)山口銀行 銀行 『山口銀行史. 資料編』(1999.06) 『山口銀行史』(社史ID:10030)の資料編
(株)山梨中央銀行 銀行 『創業百年史』(1981.03) 幕府直轄の山梨は維新後武士が四散し、士族授産事業に見るべきものはなかった。山梨県令らが殖産興業を目的に地元富農豪商の出資者を募り、1874年(明7)銀行類似会社興益社を設立、第一国立銀行とコルレス契約を結び体制を整備する。1877年(明10)第十国立銀行へ転換し、1897年(明30)国立銀行の営業満期により普通銀行の第十銀行に商号変更。産業経済の発展と共に業容を拡大する。1941年(昭16)一県一行の国の強力な要請に応えて有信銀行と合併、山梨中央銀行となる。100年史は創業前史、本誌、県内銀行史、資料からなり、創業前史で興益社を、本史で第十国立銀行創立から山梨中央銀行の沿革を詳述。県内銀行史には合併した有信銀行ほか80行もの略史を掲載している。
(株)横浜銀行 銀行 『横浜銀行四十年史』(1961.04) 1878年横浜に設立された第七十四国立銀行(後に七十四銀行)は、大正期に経営不振から休業。原富太郎ら横浜の財界人が奔走し、七十四および横浜貯蓄銀行を整理して1920年新たに(株)横浜興信銀行を設立。神奈川県下の銀行と次々合同し、1957年(株)横浜銀行と改名。40年史は1950年に出版された「横浜興信銀行三十年史」以降の10年間の歩みを詳述し、後半に30年略史を載せている。
(株)横浜銀行 銀行 『横浜銀行六十年史』(1980.12) 1920年の(株)横浜興信銀行設立からの60年の歩みを通史で述べる。第1部は神奈川県の中枢金融機関として横浜開港から記述を始め、1957年の(株)横浜銀行への行名変更まで。第2部では以降の20年間の躍進について詳述。
(株)横浜銀行 銀行 『横浜銀行の歩み : 地域とともに141年 : 創立90周年記念誌』(2011.05)
(株)横浜銀行 銀行 『写真でみる横浜銀行の歩み : 地域とともに141年』(2011.05)
横浜正金銀行 銀行 『横浜正金銀行全史. 第1巻』(1980.09) 横浜正金銀行は貿易に係わる為替金融の商権を外国人の独占から取り戻すため、政府の強力な支援のもと国立銀行条例に準拠する外国為替、貿易金融専門銀行として1880年(明13)神奈川に設立。第一次大戦を経て国際金融取引が飛躍的に伸長し、1930年(昭5)の金解禁に当り国策遂行機関となる。第二次大戦では必然的に臨戦体制の中に組込まれ、戦後はGHQにより閉鎖清算を命ぜられる。正金の国内資産負債の新勘定と整理済旧勘定をもって1946年(昭21)東京銀行が新たに設立され、正金は営業を停止し1964年(昭39)清算事務結了。当該社史は全6巻7冊からなり、第1巻は諸資料・史料を含む概説、第2-5巻は創立から清算までの沿革、第6巻は年表、年表索引(事項・人名)、調査統計資料、史話。第2巻前半は『横浜正金銀行史』(1920年刊)を書き改めたもの。[東京銀行は1996年(平8)三菱銀行と合併し東京三菱銀行となる(現・三菱東京UFJ銀行)]
横浜正金銀行 銀行 『横浜正金銀行全史. 第2巻』(1981.04) 『横浜正金銀行全史. 第1巻』(社史ID:10100)の第2巻
横浜正金銀行 銀行 『横浜正金銀行全史. 第3巻』(1981.08) 『横浜正金銀行全史. 第1巻』(社史ID:10100)の第3巻
横浜正金銀行 銀行 『横浜正金銀行全史. 第4巻』(1982.03) 『横浜正金銀行全史. 第1巻』(社史ID:10100)の第4巻
横浜正金銀行 銀行 『横浜正金銀行全史. 第5巻 上』(1983.01) 『横浜正金銀行全史. 第1巻』(社史ID:10100)の第5巻上
横浜正金銀行 銀行 『横浜正金銀行全史. 第5巻 下』(1983.01) 『横浜正金銀行全史. 第1巻』(社史ID:10100)の第5巻下
横浜正金銀行 銀行 『横浜正金銀行全史. 第6巻』(1984.03) 『横浜正金銀行全史. 第1巻』(社史ID:10100)の第6巻
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